2010年08月24日

2ヶ月ぶりの外干し!

晴れバンザ〜〜イ!! 
晴れやっとベランダの補修が終わり、2ヶ月ぶりに洗濯物を外に干せました〜ぴかぴか(新しい)

青空の下で洗濯物を自由に干せることがこれほど気持ちの良いものとは…
当たり前のように享受していたことの有難さ、失ってみて実感できるものですね。

あぁ〜ありがたや〜るんるんうれしや〜るんるんと踊り出したい気分ですわーい(嬉しい顔)揺れるハート


posted by 山桜 at 13:00| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月09日

黙祷のサイレン

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            立秋の日(8月7日)の夕焼け空
          この日ツクツクボウシの初音を聞きました。

 長崎原爆の日、一分間の黙祷のサイレンが流れました。 遠く長崎の地で犠牲になった方々へと思いを馳せ、ご冥福をお祈りしました。

 以前キャンプ地でこの日にあたり、子供達がこのサイレンの意味を全く知らず、一度も黙祷を捧げたことがないと言うのを聞き、愕然と致しました。若しかしたら、もはや親御さんもご存じないのかもしれません。

 今の平和な日常がどれだけの人々の努力と犠牲の上に成り立っているのか、例え1分間でも、その日常の手を止めて思いを手向けていくことを途絶えさせたくありません。 知っている一人ひとりが周りの人に、機会を捉えて伝えて欲しいと願います。


 東京でサイレンが鳴らされるのは私の記憶では次の時刻です。

 8月 6日 広島 原爆投下時刻  8:15
 8月 9日 長崎 原爆投下時刻 11:02
 8月15日 終戦の日        12:00
 9月 1日 関東大震災       11:58

 東京であれば、当然3月10日の「東京大空襲」の日も黙祷のサイレンが鳴る筈と思うのですが、私の中ではサイレンの鳴った記憶がありません。 きちんと行われているのでしょうか…。

 また、広島・長崎への慰霊黙祷があるのなら、6月23日の沖縄慰霊の日に黙祷のサイレンがあってしかるべきと思うのですが、これも鳴りませんね…。 黙祷は強制されるものでなく、自主的にされるものとは思いますけれども。 

 
<追記>
 これを書いてから、
 「東京では広島・長崎の原爆の日にサイレンが鳴らなくて戸惑った。」
 とういう記載をネット上で何件か見つけました。
 都会の喧騒の中で掻き消されてしまうのでしょうか…。
 私が住んできた都内各所では、昔から鳴っていた記憶があります。
 祖母は空襲警報を思い出すので胸がドキドキすると言っていました。
 サイレンではなく鎮魂の鐘の音などであっても良いかと思います。

posted by 山桜 at 11:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

かなしみの ことり

 子供の頃に読んで聞かせて貰ったお話しというものは、幾つになっても心の中に住み着いていて、何かあると生き生きとした教訓として甦ってくる、母からの贈り物であり私の大切な宝物。

 どんなことがあって、ふいに甦ってきたのかは書きませんけれど、この機会に私の宝物のお話の一つを聞いて下さい。
 



   悲しみの小鳥 〜中国の諺より〜 
                    エリナー・ファージョン作
                    周郷 博 訳

 お金持ちのワンさんのお家に赤ちゃんが生まれました。 
リカちゃんという名前をつけました。 お祝いに来たお友達がみんな、
 「この子はきっと、誰よりも幸せになるよ。
  こんないよいお家にうまれたのだから。」
と、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて寝ているお母さんの所へ来て言いました。 けれども、お母さんはどんな人だって、何もかにも幸せなんていうことは無い、ということを知っていました。

 その晩、お母さんがウトウトしてベッドに寝ていると、悲しみの女神様と喜びの女神様とが、手に小鳥を乗せて入って来るのを見ました。 二人の女神様は、ベッドのそばに来て、赤ちゃんの頭に手を置いて、先ず、喜びの女神様が言いました。
 「悲しい時には、二つの手でパチパチと手を打つのよ」
 それから、悲しみの女神様が言いました。
 「嬉しい時は、静かに静かにしているのよ…」
 そう言って、二人の女神様は手に乗せて来た小鳥を放して部屋を出て行きました。

 リカちゃんは段々大きくなって、嬉しい日や悲しい日が、交じり合って続きました。 リカちゃんの頭の周りには、目に見えない悲しみの小鳥と喜びの小鳥が飛び回ります。 ある時には、悲しみの小鳥の羽の音が、また、別の時には、喜びの小鳥の羽の音が…。

 「おかあさん、私は本当に幸せですよ!」
と、リカちゃんは嬉しくてたまらないというふうに叫びました。 するとお母さんは、よく覚えていて、リカちゃんの頭に手を置いて、こういうのでした。
 「リカちゃん、幸せな時には、静かに静かにしているのよ。
  そうすれば、喜びの小鳥があなたの髪の毛の中に巣を作るからね」

 けれども、もしリカちゃんがおいおい泣いて、お母さんの所へかけて来て、
 「お母さん、私は悲しい!」
とでも言えば、お母さんは、
 「リカちゃん、手をパチパチと打ちなさい。 
  そうすれば悲しみの小鳥は飛んでいってしまうから。
  悲しみの小鳥があなたの髪の毛の間を飛ぶのをとめることは
  できないことだけれど、悲しみの小鳥が、そこへ巣を作らない
  ようにしましょうね。」
と、言ってあげるのでした。
                            (おしまい)


このお話しの元になった「中国の諺」って何でしょう?
少し探してみたのですが、そのものずばりはみつかりませんでした。

次のものは半分は近いのではと思います。


性躁心粗者 一事無成
心和気平者 百福自集 (菜根譚209)
 
ラベル:ファージョン
posted by 山桜 at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・絵本・物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

長岡祭・花火大会(写真追加)

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        長岡祭・花火大会より  タイトルは「天地人」だそうです

 現地のケロロン特派員より写メが届きました!
あんまり綺麗なので、独り占めせずブログに載せますねっ☆
 
 広〜いところで行われる花火大会は、やはりスケールが違います。
近くで花火大会を見慣れているケロロンが感激しているのですから、その見事さは間違いありません。 

 昨日まで長岡の花火大会の夜は雨の予報でした。 折角ケロロンが楽しみに出かけていったので、朝から神様仏様新潟のご先祖様〜とお祈りしていたら、見事雨雲を吹き払って下さいました。 いつも見守っていて下さって、ありがとうございます。 母は無事の帰宅も祈るばかりです。

        *        *        *

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  まるで苦しみの中から鎮められた御霊が天に昇っていくようで…

 多聞さんの懐かしいお話の中に登場した大ナイアガラの滝はそれはそれは鯉も間違えるであろう見事な滝振り、しかし余りにもスケールが大き過ぎて、写真に全容を納めようとして却って良いものが撮れなかった(沢山の人の頭の上に光の帯一本みたいなものしか…)ようで申し訳ありません。


<追記 2010.08.05>
 ケロロンが無事に帰宅し、長岡ご出身の多聞さんが仰っていらした、
「長岡では花火はまさに鎮魂です」の意味を詳しく教わりました。

 昭和20年年8月1日、長岡市はB29の空襲を受け1,480名もの尊い命が失われ、1時間半以上に及ぶ空襲で163,000発の焼夷弾が街を焼き払ったのだそうです。

 真珠湾攻撃を指揮した山本五十六海軍大将の故郷であり、軍需工場が多くまた、丁度天気も良かったことで、長岡が標的になったのではないかと言われているそうです。

 市内を流れる柿川には、水を求め沢山の被災者が集まり、そのまま息絶えた方も多かったそうです。 毎年、御霊を慰める多くの灯籠が流されます。

 花火大会は戦後2年で復活、この戦争と合わせて今は新潟県中越大地震で犠牲になられた多くの方々の御霊をお鎮めする為、また町の復興と発展を願う祈りを込めて長岡祭として奉納されているのだそうです。

 花火大会のクライマックスは新潟県中越大地震の後、人々の心を大いに慰めてくれた平原綾香「ジュピター」歌声に乗せての「フェニックス(不死鳥)」という演目で、それはそれは感動的だったとのこと。 撮影した動画もあるのですが、ケロロンの感激の声が余りにもアレでして…残念ながら使用許可がおりませんでした。 動画撮影の折は自分の声に注意です(−−;)
posted by 山桜 at 23:45| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする