2011年05月31日

水平な虹(環水平アーク)

 思いがけず良い天気になったので、2度目のハイキング実踏に行ってきました。 前回はバス・電車利用の帰途ルートを採用しましたが、少し歩き足りように思えたので、今回は1時間ほどかけて歩いて帰るルートを調べてきました。

 その途中、湖の上で写真を撮っていると、デジカメの画面にどうしても虹様の光が入り込むので、妙だなと思い空を見上げると、虹が出るはずの無い太陽のある方角(南南西)にまっすぐ水平方向に伸びた虹が出ているではないですか…(2011-05-31 13:12)
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 思わず近くに居合わせた方にも、
「あちらに真っ直ぐな虹が出ていますよ!」
と声がけしてしまうほど、文字通りビックリ仰天してしまいました。 ズームして見ても、やはり虹の光の縞が見えますし、彩雲とは異なる趣きです。
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 帰宅して調べてみると、この水平に伸びた虹は「環水平アーク」という現象らしく、通常は太陽と反対側の空に映る虹が、太陽と同じ方角に出るのだそうです。 その仕組みを詳しく知りたい方は、どうぞこちらへ⇒http://mo.atz.jp/prism/circumhorizontal_arc/index.htm  お天気ながらも冷たい風が吹く中4時間半(ついつい寄り道したり調子に乗って電車に乗る所も歩いてしまったので)ほど歩いてボーっとした頭では、上手くまとめて説明できませず、ごめんなさい。(。。;)

 なんでも四川大地震の直前に出たことで有名なのだとか…。 但し、年に数十回は現れるそうなので、私は生まれて初めて見ましたが、気象現象的にはそう珍しいものでは無さそうです。 

 先程、ニュースでは「二重の虹」が出ていたと報じられていましたが、上のサイトの説明では、太陽の日暈(ひがさ)と環水平アークが同時に出ると、日暈の外暈と誤認され「二重の虹(日暈)」と言われることがあるそうです。 私が見たときには太陽は雲の中で光も日暈の輪も見えず、見えていた虹光は肉眼では水平方向にどんどん伸びていき、やがて消えていったように見えていました。

 どうか瑞兆でありますように!
ラベル:
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2011年05月28日

日光F化け地蔵の道へ

 朝からしとしとの雨降り…新緑が雨に現れて益々綺麗です。 昨日、対岸からぼんやり拝めた地蔵群のある道へと向かいます。 
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大吊橋から望む大谷川
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手招きされたように寄せられてお参りした可愛らしいお社
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見渡す限り続くお地蔵様…昔は100体ほどあったそうですが、水害で流されたり崩れたりして現存は70体ほどだとか。 「ほど」と言うには訳があります。 このお地蔵様方は、数えるたびに数が変わることから「化け地蔵」と呼ばれているのです。
 「よ〜し、それじゃぁ、数えてみようか!」
と一瞬思いましたが、ケロも、
 「え〜っ、やだよ〜(怯;;)」
と言いますし、やはり何となく畏れ多いので遠慮いたしました^^;
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ずら〜り並んだお姿は異様でちょっと怖いようですが、一体ずつお顔を拝めば、それぞれ個性的ながら共通して素朴で優しい面差し、紛れも無く身近で懐かしいような「日本人」のお顔です。 美しい苔に覆われてにっこり微笑んでおいででした。
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お地蔵様の中には様々な石碑も並んでいます。 柵の石まで羅漢さん?のように見えてきます。
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最後のお地蔵様から来た道を振り返りお地蔵様にお別れです。 ありがとうございました。 ご縁に感謝です。(−人−)(−人−)
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昨日対岸から望んだ「憾満ヶ淵(かんまんがふち)」
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今日はこちら岸から日光植物園を望みます。 昨日降りた階段が左端に写っています。
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とにかく苔が美しくて何枚も写真を撮りましたが、難しい(><)
ケロが「苔の研究しようかな…」な〜んて、思わず口にしていましたが、それほどに魅せられた日光の苔たち。 まだまだ後から登場すます^^
posted by 山桜 at 19:37| Comment(10) | TrackBack(1) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

日光E東大日光植物園

 旧田母沢御用邸のお隣は、「日光植物園(通称)」。 東京の「小石川植物園(通称)」の分園です。 正式名称は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園日光分園。 長い…やはり通称が必要ですね。
 公式HP:
 http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/nikko/NikkoBG.html

 もたもたしている内に、訪問から一ヶ月以上が経ち、すっかり花々の季節感がずれてしまっていますが、一ヶ月前を想像してお楽しみくださいませ…(。。;)

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ショウジョウバカマ(猩々袴)
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キクザキイチゲ(菊咲一華)
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カタクリ(片栗)
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右上・ヤマトリカブト(山鳥兜・毒草)/左下・ニリンソウ(二輪草・可食草) 花が咲けば間違いようが無いのですが、若葉の頃は良く似ていて同じような場所に生えていることも多く、ニリンソウと誤ってトリカブトを採取し中毒をおこす事例が多いので要注意です。
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ミズバショウ(水芭蕉)
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ザゼンソウ(坐禅草) 無理な姿勢で撮ったので…顔を傾げてお願いします。

 大正天皇陛下は、御用邸隣接のこちらの植物園の散策を楽しまれたそうで、好まれた高台には陛下の作られた漢詩が刻まれています。 和歌は勿論、特に漢詩を得意とされたそうで、ご実像はとかくの風評とはかなり異なるようです。

   日光避暑

   帝都炎暑正鑠金 遠入晃山養吟心
   離宮朝夕凉味足 四顧峯巒白雲深
   有時園中試散歩 花草色媚緑樹陰
   曲池水清魚亦樂 徘徊不知夕日沈

東京の暑さは金属も溶かすほどだ/遠く日光の山を訪ね詩作の心を養う
離宮の朝夕はとても涼しい/見渡せば山々に白雲がかかっている
園内を散歩する機会があった/花や草は艶やかで木は緑陰を作っている
池の水は清らかで魚も楽しそうだ/歩き回っていると日の暮れるのを忘れてしまった

(上記HP内より引用)


 川沿いの園路から轟音に導かれ階段を下って渓谷に突き出した展望台にでますと…
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【憾満ヶ淵(かんまんがふち)または
 含満ヶ淵、がんまんがふち)】
 淵に流れ込む急流轟く音が不動明王の真言のように響くことから、真言の中の言葉「憾満」の名前が付けられたそうです。 向こう岸には、噂の地蔵群が! 残念ながら園内からは渡れないので、お地蔵さまとのご対面は、また後ほどに。
posted by 山桜 at 23:16| Comment(7) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

チビカマキリ発進!

 日光旅日記の終わらぬ内、ちょっと割り込みで失礼します。 
 こういうのは、やはり撮って出しでないとるんるん
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 帰宅時、門扉の上にいたチビ一匹に気付き慌てて卵鞘(らんしょう)を見に行くと、もう殆ど孵化は終了しチビたちは四散した後(チビですが卵鞘の形からするとオオカマキリの子)。 その中で上を目指して登っていった一群が、それより先が無いと気付いて戻ってきた所に遭遇。 私に気付いて、先頭が止まったものですから、あらららら…(笑)
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 身の危険を感じて、わらわらと降下していきます。
 「じゃ、お先に!」
 「気をつけてね〜!」
 この刹那、なにか別れを交わしているのでしょうか。
 
 つい先程まで、隣のベッドで寝ていた兄弟姉妹たちも、もう別れ別れの運命です。 出来るだけ遠くに離れてしまわねば良い子孫は残せませんし、餌だって捕り難いですものね。 直ぐそばでトカゲやカエルや小鳥たちも舌なめずりをして待っています。 捕るか捕られるか…厳しいです。 

 今期のカマキリの卵鞘はとても高い所に産み付けられていました。 卵鞘の地面からの距離はその冬の積雪量を予想すると言われますが、さて雪…どうだったかな? 何だか大震災前の記憶がぼんやりしています。 
posted by 山桜 at 22:58| Comment(10) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

日光D「田母沢御用邸記念公園・三」

 可愛らしい匠の技がお好きな方の為に引手コレクションを。 
 1クリックで拡大されます。
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    梅に鶯     藤に時鳥?@     秋草に蝶        
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   藤に時鳥A      菊の御紋の入ったモチーフ
「藤に時鳥(ホトトギス)」は2パターンあり、別の職人さんの手のような?

 御用邸の要所要所には、心より御用邸を愛し誇りにされていらっしゃるご様子の解説員の方々がいらして、興味深いお話をいろいろ聞かせてくださいます。 私のとんちんかんな質問にも快くお応えくださり、本当にありがたかったです。 この日の日光は気温14度。 御用邸は見学者が内外を見やすいように窓を開け放してありますので、外と同じような寒さの中、立ち通しで解説をされています。 重々しい装備は防寒の為でもあったのですね。
 
 帰りに御車寄で警護の方に、
 「お寒い中、大変ですね…」
と、申し上げましたら、
 「な〜に、今日なんてあったかいな〜春だな〜という感じですよ!」
と、大きな身体を揺らして笑っていらっしゃいました。
 「お庭の方も是非、ご覧になっていってくださいね〜」
と、順路を案内してくださり、最後の最後まできめ細かい心遣いを、ありがとうございました。

 そうなのです、先程、皇后御学問所から眺めていた、あの広くてどこか可愛らしいお庭を自由に歩いて回れるのですよ〜なんて素敵なのでしょう♪
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元々あった流れなのか田母沢川から水を引いて作った小川でしょうか…清流がコロコロと転がり行きます。
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桜草の仲間で一番大きな九輪草もまだ岸辺で若葉を伸ばし始めたばかり。
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更に支流には山葵の群生。 小さな白い花を沢山つけています。
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ネコノメソウ(猫の目草)
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ハナネコノメ(花猫の目)
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小川の上流の滝が見えた所で「関守石」が置かれていたのでUターン
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皇后御学問所の東側、樹齢400年以上といわれる枝垂桜の老巨木
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ほろほろと咲き始めていました。 満開の頃はさぞ見事でしょう…
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お待たせしました! 「八汐つつじ」近影です^^
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日光の春を告げる花。 栃木県花です。

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今上天皇陛下が昭和19年から約1年間(初等科5〜6年生)疎開されていた御用邸のお庭には防空壕の備えも幾つかありました。 中はどんななのでしょう…。 普通のものより広いのでしょうか?

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この辺りから全景を撮ったらいいかな…と振り返ると、ちゃんと「撮影ポイント」の看板が! ご覧の通り、見事?絵葉書のような写真が撮れました(笑)

清々しく、思いやり、おもてなしの心のあふれる日光田母沢御用邸記念公園。 四季折々、また異なる花の咲く頃に、何度でも訪れたいお気に入りの場所が増えました。



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posted by 山桜 at 20:43| Comment(16) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

日光C「田母沢御用邸記念公園・二」

見学コースの諸所で様々な杉戸絵が拝見できます。
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御次の間から望む御座所
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階段を昇り 御日拝所

天皇様御学問所〜御日拝所、その上の御展望室・非公開、までが紀州徳川家江戸屋敷を移築した部分。

お庭を挟んで向かい側が皇后様の為の御座所域で、旧小林家別邸部分。その内の二階が通常非公開の皇后御学問所です。
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可愛らしいガラスシェードの灯り。 吊り部分も凝った意匠です。
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   折鶴の釘隠し       梅に鶯の引き手       洋風の欄干

 天井が低く、立っていると何だかガリバーのようで落ち着かないので坐ってみますと…やはりしっくりと良い雰囲気になります。 窓からの景色も味わいが深まって…  
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東の窓からは枝垂桜の老巨木が覆いかぶさり「裏見の滝」のようです。
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下部の窓も坐してこそ、その役目が生きてくるように思えましたが、もう御皇室では西洋風の椅子に腰掛けられたご生活だったのかもしれません。 レプリカでもご使用の家具や調度品などを展示してあったらもっと想像を膨らませることが出来ますのに…。 

細かい処の意匠は可愛らしく設えられているものの、概して天皇陛下の御学問所に比べるとかなり慎ましやかで質素な印象でした。 それでなのか、お部屋全体の写真も撮り忘れてしまいました。 何よりも窓の外の景色が素晴らしいので、それを邪魔しない為にも室内は簡素にされていたのかもしれませんし、大名の江戸屋敷と実業家の別邸とでは時代も異なり趣向が違うのも当然ですね。
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飾り窓柵のある正面の御窓から望む景色。 ここから四季折々の移ろいを眺めるのはどれほど素晴らしいことでしょう! この下を流れる小川にそっての散策がまた楽しくて♪  (つづく)
posted by 山桜 at 17:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

日光B「田母沢御用邸記念公園・一」

 Aで書き忘れていましたが、ケロは「玉座セット」の他に「プレミアム・ソフトクリーム」の美味しそうな名前の誘惑に負けて…。 なんでこんな寒い日にねぇ…案の定、お腹が冷えてしまい、温かいお白湯を分けていただいたのでした。 ありがとうございます。 日光の方は皆さんお優しいです。

【日光田母沢(たもざわ)御用邸】
 1899年(明治32)、大正天皇(皇太子時代)のご静養のために造営され、1947年(昭和22)まで三代に渡る天皇陛下・皇太子殿下がご利用。 明治時代造営の御用邸中、最大規模の木造建築であり本邸が現存する唯一の建物。 江戸(紀州徳川家江戸屋敷)・明治(銀行家・小林年保家別邸)・大正(増改築)の三時代の建築様式の集合建築群(合計106室)でありながら、あたかも当初からそのように存在したかのように建てられている処が大きな特徴。 国指定重要文化財・日本の歴史公園100選。
公式Web siteはこちら http://www.park-tochigi.com/tamozawa/


 さて、お車寄せ前には重々しい制服に身を包まれた警護の方らしき方。 若しや身辺チェックでもされるのかと緊張(&写真も撮れず)しましたが、とっても優しい方であれこれと気遣ってくださり、
 「靴は左手の下足室にどうぞ、(ブーツは)上にも置けますから…」
 「見学路はかなり長いですよ…」
と、受付横で荷物も預かって戴き(荷物置場入口も往時のままの?板戸。中にコイン返却式ロッカー)身も心も軽くなれました。

 他にも、冷える足元を温める靴下カバーやビデオ鑑賞時の膝掛け、休憩所、授乳・おむつ交換所など、随所にきめ細かいお心遣いがありました。

 最初の展示は…
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 ガラスに顔を寄せ、つくづくと観察しても「若しかして本物?」と思うほどの素晴らしい出来栄えに釘付けになり、まだコースも序の口というのに何度も見返してこの場から動けなくなりました。 気がつけば、周りには何方もおらず、ケロは縁側に腰を下ろして待っていて…(苦笑)。 

 恐らく当初よりは色が褪めてしまったのでしょうが、それでも夫々の花の咲く季節に展示してあり、鉢の土に水気でもあれば本物と疑われないでしょう。 「模型」と呼ぶには失礼なような、立体写実主義作品でした。

 この植物模型の製作者・西尾惣次郎氏は、模型・ジオラマ・食玩等の先駆者であり、島津製作所勤務の頃より永く理科教育用植物等の模型製作に従事、改良工夫につとめた事により、昭和42年11月11日 黄綬褒章を賜り、後に西尾製作所を創立されました。 私たちも知らず恩恵に浴して来たのですね。
西尾製作所・製品紹介 http://www4.ocn.ne.jp/~nishio/gallery/index.html

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ケロが腰をおろしていた縁側(植物模型展示所横)

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庭師さんの出入口? どうも生活感のある箇所に興味が。 残雪も…。(廊下の窓より)

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 「お玉突き所」

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 「謁見所」
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 「御学問所」 
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 丸窓から望む八汐つつじと枝垂桜が満開の頃となれば、梅の間の壁から続く薄紅色の霞の中に、暫し御学問の手を止められ、うっとりと包まれていらしたことでしょう…なんて、私たちは満開までには少し日が足りませんでしたけれど、実際に見てしまうよりも想像するのもまた楽しです。
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 全ての壁に梅の絵が描かれており「梅の間」とも。
 梅は「好文木」で「ご学問所」に相応しいのですね。

(実は、この可愛らしいお部屋の様子から、私はこちらが皇后様の御学問所と勘違いしておりましたが、帰宅して調べると、何とこちらは天皇陛下の御学問所! 膨らませた想像とは異なっていたのでありました…。 つづく。)

posted by 山桜 at 19:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

ふたたび日光へ二人旅A

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世界遺産の石碑の下に徳川家の家紋のもとになった双葉(賀茂)葵を発見!
ちょっと三葉葵風に生えているのが流石??

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トキワナズナ(別名・ヒナソウ) ナズナの名ですが、アカネ科で北米原産。
外国人も多く訪れる為か外来種も日光の寺社に根を下ろしています。
芝草の中にびっしりと生えていて、とても除き切れないでしょうし、ごらんのように小さく可憐な姿ですし、最早日光に咲く花として定着し愛されてもいるのではないでしょうか。

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二荒神社の鳥居をくぐり「あら桃の花?」と思って近づくと、日光の春の女神「八汐つつじ」でした。 こんなに大きな木になるとは! どんな花?と思われた方、後でアップが出てきますので少しお待ちくださいね。「シロヤシオ」は敬宮愛子様のお印として有名になりましたので、ご存知の方も多いと思います。

 なんだか日光らしい遺跡がちっとも出てこない? すみません、今回は去年から3度目の訪問なので、初日はそういう写真を撮らないでしまいました(後に撮る運命になるのですが…)。 そういえば、去年の日光の旅日記は、こちらには書いてなかったかもしれませんね。 あっという間に日が過ぎてしまいます…。

 さて、今回一番行きたかったのは「日光・田母沢御用邸記念公園」。 二荒神社へご挨拶に伺った後、西側に下りて大谷川沿いの国道の裏の道をてくてく歩きます。 益々人に会いませんしお店も殆どありません。 川の流れる音と小鳥の声を聞きながらぶらり散歩です。 やっと御用邸の門に辿りついたら、震災の影響で補修が必要な箇所があり正門からは立ち入れなくなっていました。 折角裏道を来て、正門にどんぴしゃの筈だったのに、ぐるり回って国道側の門へ…。 

 やっと入門後、ケロが最初に目に留めたのは「お休み処・雅」の幟です。 普通は、見学してからのほっと一服ですが、ケロの場合エネルギーが切れると動かなくなるので補給が必要、ヤレヤレ…。
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畏れ多くも「玉座セット」(御用菓子・日の輪と抹茶)
甘味しっかりのお菓子に泡々のお抹茶、美味しゅうございました。

     11-04 162.jpg 日光「綿半」の『日の輪』 http://www.nikko-watahan.jp/shopping1.html


 さ〜て、いよいよそのBでは、皇后御学問所が特別公開(4月16日〜5月8日)されていた田母沢御用邸の見学です。 移築増築改築を繰り返して来た建物は迷路のように入り組み広がり、見学コースも広大です…。 ケロのお蔭で先にお茶して正解でした!
ラベル:日光
posted by 山桜 at 10:40| Comment(12) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

志津川「かね久海産」さん復活!

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あの南三陸町志津川の「かね久海産」さんより、無事見事な海産物が届きました!
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 先日のブログ記事「志津川わかめ」http://yamasakuran.seesaa.net/article/196599614.htmlを読んでくださった方(チャンさん)より、「かね久海産さんは倉庫が無事だったので、注文も出来ますよ」との嬉しいお知らせを戴きました。 飛び上がらんばかりに嬉しかったのは勿論なのですが、本当のことを言えば、被災地詐欺のニュースも聞こえてくるこの頃、心中一抹の不安もありました。 その危惧を察してくださったのか、チャンさんは、無事に「かね久海産」さんから海産物が届いた様子の載ったお友達のブログ【Kashimasi Global】「南三陸産の海苔、わかめが届いた」http://kashimashiglobal.blogspot.com/2011/05/blog-post_04.htmlも紹介してくださったので、もう迷わず注文の電話をすることが出来たのです。

 電話口に出てくださったのは奥様でしょうか…。 やはりお声は少しお疲れのご様子でしたけれど、私が、
 「ずっと生協で注文し、志津川わかめのファンでした。」 
  ブログにも「かね久」さんのことを書いて、応援しています!」
と申し上げると、
 「まぁ〜そうですかぁ!」
と喜んでくださりホッと致しました。

 思い切ってブログに書いて本当に良かったです。 思いがけず「かね久」さんのファンの方々がコメントを寄せてくださいましたし、コメントまでは残していかれずとも、当該記事へのアクセス数の多さにも驚きました。 改めてネット交流の力の素晴らしさを感じた出来事となりました。

 「遠〜く沖縄や広島からね、注文もあったんですよ〜」
奥様は嬉しそうにそう仰ってました。 このように必要な品物を買うことで私でも直接、再建への支援が出来るのが嬉しいです。 若し皆様の中でご希望の方があれば、お電話またはFAXでご注文できますので、お知らせしておきます。 在庫の品がなくなれば、外国からの輸入品も考えておいでとのことでした。 元のように漁に出て加工も出来るようになるまでは、三陸の幸が戴けるのもあと僅かかもしれません。 参考の為、私が注文した品物と価格も書いておきますね。


 (有)かね久(きゅう)海産 
   〒986-0743 宮城県本吉郡南三陸町志津川字沼田150-74
   0226−46−3339(電話・FAX)

  三陸産 湯通し塩蔵わかめ 250g 単価¥600(税抜)
  三陸産 湯通し塩蔵こんぶ 500g    ¥600
  すき昆布(2枚入)               ¥380
  寿司用・焼き海苔              ¥350 
  送料(宮城⇒東京)             ¥650 

ラベル:東日本大震災
posted by 山桜 at 19:18| Comment(8) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

ふたたび日光へ二人旅@

 昨年の3月、行事の引率とその下見に2度訪れた日光。 今年はもっと自由にゆっくり散策しようと、春休みのケロ(成人式も過ぎたのでケロロンもロン抜きで)と旅する予約をしていたのが3月中旬。 その前にあれやこれや片付けようと朝からフル回転していた11日金曜日の午後、あの大地震が東日本を襲いました…。 

 まだ直後には、三日も経てば電車も復旧するだろう…と希望も持っていましたが、段々とそんな生易しい状況ではないことを知るにつれ、とても呑気に旅を決行する気持ちにはなれず、また日光へ行く電車も結局長く運休のまま。 その翌週に予定していた熊野行きも同じ気持ちで、また避難の為などで移動しなくてはならない方、宿泊せねばならぬ方の邪魔にもならぬようキャンセルとしました。

 そして4月も下旬となり、大きな震災被害の無かった日光も風評被害で客足が遠のき困っていると伺い、ケロの春休みが延長となっていたこともあり、元気を出して出かけることにしました。

 去年は外国人のお客様で溢れていた車内も、今は日本人さえ疎らな現実に直面しながら、お昼前に東武日光駅に到着。

 ずっと駅弁にも車内販売にもありつけずお腹がペコペコのケロを歩かせる為、駅を出て右の道沿い数分の「乙女」さんで、茶飯のおむすび・大豆餅を購入。 美味しそうな和菓子の数々とふっくらおむすびたちの中から選ぶのは、目移りしすぎで大変でした。(写真は去年のものなので草団子が写ってます) 
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 「いざとなればおむすびがある」と思えば歩けるもので、テクテク10分ほど歩き、お気に入りの「魚要」さんで「湯波」(日光では湯葉をこう書きます)蕎麦を戴きました。 しっとりと煮含ませてある3種の湯波(ぜんまい巻・長寿(高野豆腐)揚・揚巻湯波)がたっぷり4つも… 熱々を食めばじゅわっと旨味が溢れ出ます。 濃い目の汁にも負けない手打ちの蕎麦をすすれば、鼻腔を蕎麦の甘い香りがふわっと吹き抜けます。
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 汁の表面の細かな油は揚げ湯波からのものです。 30分くらい茹でて油抜きをしてから調味しますが、抜けきらぬほんのり浮かぶ油味がまた美味しいんですよ〜 う〜ん、写真を見ているだけでまた戴きたくなってしまいます〜! 「じゅるる〜!」(←くもみちゃん@「空から日本を見てみよう!」)

 ちなみにこちらの湯波は、日光の老舗「ふじや」さん HP→ http://www.nikko-fujiyayuba.com/の品です。 「魚要」さんもいつもの観光シーズンなら、外で並んで待っている人も居るくらいですが、待たずにゆったりと戴けてラッキーなのやら申し訳ないやら…。 お店の方のお話では、『これでも大分お客さんが戻って来てくださったんですよ』とのことでした。

 やっと身体も温まり東照宮方面へ向かうと、見慣れた沿道の景色にぽっかりと黒く沈んだ空間がありました。 先週、数件のお店が火災で失われてしまったそうで、真っ黒に焦げた太い梁や柱、綿がいっぱいの赤地のお布団の燃え残り…。 なにか震災地の状況と重なるようで言葉を失いました。 幸い亡くなった方はいらっしゃらなかったと伺い、少しほっと致しましたが、以前にも増しての復興をお祈りしています。 


 左手に金谷ホテルを仰ぎながら大きな谷川にぶつかると、そこは、
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 何度訪れてもやっぱり見惚れてしまう「神橋」のある景色

 【神橋伝説】
  奈良時代末、勝道(しょうどう)上人は、霊峯二荒(ふたら)山(男体山)の登頂による鎮護国家・人民利益の大願をたて下野(つもつけ)よりやって来ました。 勝道上人一行は、やっと大谷(だいや)川のほとりまで辿りつきましたが、岩を食む大谷川の激流を渡る術なく困り、上人が跪き一心に祈念すると、対岸に夜叉のような身の丈一丈余、左手は腰に、右手は二匹の蛇をまいたお姿が現れて、
 「我は深砂大王である。汝を彼の岸に渡すべし」
と言いながら手にもった蛇を放つと、赤と青二匹の蛇は、たちまち川の両岸を虹のように渡って橋となり、背には山菅が生えたので、急流を渡ることができたといいます。

 ふり返って見ると、大王も蛇橋もすでに消え失せてしまっていたので、上人は合掌して、深砂大王の加護に感謝し、それ以来この橋を山菅の蛇橋と呼んだといいます。

 と、いうことは、この橋は消えた橋の再建なのでしょうね…その辺の詳細は、「日光二荒山神社の公式Web site」『神橋』http://www.shinkyo.net/shinkyo.shtmlへどうぞ


 緑文字の部分は10日に追記いたしました。
ラベル:日光 蕎麦 伝説
posted by 山桜 at 19:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 山川・自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月02日

庭の新顔

 先にお届けしたような様々な4月の花の彩りの影で、見慣れない芽がニョキッと顔を出し、もしや…とドキドキ気になっていました。 最初はツンとトンがった先が見えただけでしたので、大き目のドクダミ?かとも思いましたが、角のようにグンと伸びて、どうも様子が違います。
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2011-04-17 尖がり芽の下から葉っぱが開きだし、あぁ、やはりこれは…
もう、この仲間のファンの方ならお分かりでしょう。 
ちなみに、周りに生えている庭の仲間たちは、ツリガネニンジン(山で旨いはオケラにトトキのトトキ)、フジバカマ、ツルニンジン(ジイソブ)の双葉、ムラサキケマン、イモカタバミ等など…。
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今にも尖がった先が開きそうにブルルンと震えました!

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2011-04-20 ついに開きました! 
似たような仲間が多いですが、多分これは…

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鎌首をもたげた「マムシグサ」ではないかと思います。 
まだ若い株なので特有の茎に浮かぶマムシ模様が薄いようです。

ちょっと失礼して縞々の「仏炎苞」の中を見せてもらいましょう…ごめんなさいね〜
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この仏炎苞の中で目立つ白い棍棒のような部分は(花の)「付属体」と呼ばれ、この下に株によって小さな雄花か雌花が固まって咲きます。 この仲間は、株が小さい内は雄花が咲き、大きく充実してくると雌花が咲くという「性転換」をします。 またこの「付属体」の部分の役割は、ハッキリ分かっていないそうです。 なんなのでしょうね〜 なんとなく虫を誘う妖しいワナかオトリのように思っていましたが…。 これを機に地道に観察するのも面白いですよね!

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2011-05-02 今は小さいながらも堂々とした風格となりました。 

 マムシグサの秋に実る赤い粒々の実には毒があるのですが、どうやらジョウビタキはそれを消す酵素を持っているのか、この実を食べるのだといいます。 だとすれば、ここ数年、我が家を毎秋〜冬のテリトリーにしているメスのジョウビタキの置き土産かもしれません。 そういえば、いつの間にかジョウビタキの声も聞こえなくなっていました。 お別れも告げず、そっとお土産だけ置いてシベリアの方へ帰っていってしまったのですね。 また寒くなったら戻っておいで、ビタコちゃん。
posted by 山桜 at 19:03| Comment(14) | TrackBack(0) | 園芸・庭仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする