2008年11月17日

御家名物「村雨」茶壷

 
以前の日記(http://yamasakuran.seesaa.net/article/28674965.html?1287707031)で、私の拙い写真で紹介した「村雨」の茶壷の図録写真がありました。 もやっとしていた姿がよりはっきりとお分かりになると思います。

↓クリックすると大きくなります。
murasamechatubo.jpg

 文字が小さくて読みにくいのですが、来歴には、足利将軍家→秀吉→家康→井伊直政…とあります。

同じ日に、長次郎の黒楽茶碗「寿老人」
     永楽の金彩茶碗
     三輪休雪の萩茶碗

も拝見したのですが、かさかさに干からびたような「寿老人」の痛々しさばかり気になって、勿体無くも他のお茶碗の記憶が霧の中・・・

 「寿老人」は一体どのくらいの年月、お茶を点てられることもなく仕舞われていたのでしょう。 『喉が渇いた』と訴えているように思えてなりませんでした。 あれから何方かの手に渡り、ゆったりと潤い寛いでいることを願うばかりです。



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ラベル:茶壷
posted by 山桜 at 00:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 茶の湯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日のグループ展でゲットした情報から、今は高峰秀子ばっかり読んでいますが、同じ人から白州正子も薦められて・・・美っていうものは、作り出す人よりも、それを見つけ出す人こそが・・・どうだったか???これから、高峰秀子が終わったら読んでみましょう。その壷の事も出てきそうな予感がします。
Posted by 山口ももり at 2008年11月18日 09:26
景色はともかくとして、ラインが素晴らしいと感
じます。個人的には、茶道具は景色などは勿論で
すが、その持っている“線の美しさ”が大切だと
思います。棚一つにしても、軽やかな線の交叉が
あって他の道具が活きてくることがあります。
作り手の方は、時として釉薬や景色にこそ重きを
置かれますが、個人的には景色や上がりが良くて
も線が活きていないと使えないと思います。

私事ですが、飯椀は京都の平八窯のものを使い続
けています。勿論、割れたり欠けたりで幾度も取
り替えていますが、同じ飯椀で湯飲みも同様です。
先日のこと、娘が割ってくれました。新しいのを
買おうとして深川製磁のHPを見て・・・?今のは
高台の形が違っているのです。そのために茶碗自
体の立ち上がりの線が違うものになっていて。。
今度 京都に行ったら しつこく捜さないとイケ
マセン。どうでもイイと言えば言えますが(笑)
Posted by 鎌倉とんぼ at 2008年11月18日 09:36
当時の事が夢のようだよねo(⌒▽⌒)o

なんだかあの時の瞬間に戻されたよ(笑)

寿老人さん、かなり印象に残ったよ。
あの姿と寿老人さんが一体になっていて
今思えば、何かが宿っているような。。。
既に生き物だった。。。。気がする〜☆

Posted by やゆよ at 2008年11月18日 18:15
みなさま、コメントありがとうございます!
お稽古が午後からだったので、午前中ちょっとだけ時間が
空いて記事をアップしましたけれど、お返事まで書けず
すみません!

慌ててお返事書きたくないので、時間のとれた時に〜
バタバタで申し訳ありません・・・<( _ _ )>
Posted by 山桜 at 2008年11月19日 11:52
茶碗は生き物と考えています。
水分が必要ですよね。
使われない楽茶碗は、割れ易いと聞いたことがあります。
村雨、アップありがとうございます。嬉しい〜^^
今の茶壷は小さいですが、
昔の茶壷はどちらで拝見しても大きいですね。
どんなに飲まれていたかが分かる気がします^^
Posted by さかもっちゃん at 2008年11月19日 14:01
◆ももりさん、こんにちは
 昭和の鞍馬天狗・白洲次郎さん、韋駄天のお正・白洲正子さん
センスの良い、なんともカッコイイ方たちですね! 
お二人が晩年過ごされた武相荘(ぶあいそう)は、お二人の生活ぶりに
憧れる奥様方の人気スポットになっています。

 このような茶壷も正子さんにかかれば、玄関脇の花生でも
何にでも実用に使われるのでしょうね〜

 茶壷のこと、何かお分かりになりましたら、お教え下さいね^^
Posted by 山桜 at 2008年11月21日 13:34
◆鎌倉とんぼさん、こんにちは

>茶道具は景色などは勿論ですが、その持っている
>“線の美しさ”が大切だと思います。

 ”道具”なればこその用の美が線の美しさを描き出すのですね。

 毎日使う品にこそ、本当に良い品を選ぶこと、理想・憧れです。
長年使い続ける程に気に入られた一品をお持ちで羨ましいです。
それだけ手に馴染んでいると、少しのラインの差も気になる
ことでしょう…どこかで鎌倉とんぼさんが使って下さるのをずっと
待っていたお茶碗が、『ここにいます〜』と呼んでくれますように!
Posted by 山桜 at 2008年11月21日 13:45
◆やゆよん、こちらにもありがと〜
 そうだね〜もう2年も前のことになるんだよね。。。
やゆよんが声を掛けてくれなかったら、こんな機会には
とても巡り会えなかったと思うよ〜今更ながら、ありがとう!

 寿老人さんで毎日お茶を戴いていたら、長生きできそうだね〜
しかして、お値段は一体…??? 

 永楽の金彩茶碗、やゆよんは覚えているのでは?
とても気にいっていたような朧気な記憶が…。
休雪の萩茶碗は、だんだん姿と掌の感触の記憶が蘇って…。
Posted by 山桜 at 2008年11月21日 13:57
◆さかもっちゃんさん、こんにちは
  お茶碗にしろ、花生にしろ、特に水を得てこその品は、
ガラスの中では息苦しそうで哀しくなります。
さかもっちゃんさんの先日の日記のように、美術館が収蔵品を
実際に使わせてくれる企画が、もっと増えてくれればと思います。

 茶壷といえば、

♪ずいずいずっころばしごまみそずい、
 茶壷に追われてどっぴんしゃん…

 を変な歌と思っていた私は、この時見た茶壷の大きさでやっと、
『ああ、追われたら怖いかも?』と思い、調べていく内に、なにか
ツヤっぽい意味もあるらしく…言葉の伝承って面白いですね^^;
Posted by 山桜 at 2008年11月21日 14:17
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