2005年12月29日

萎れたる花

 新聞の整理中、ふと読んでいなかったコラムに目が留まる。
こんなことも大掃除の楽しみの一つ(だからちっとも終わらない)。
暫くブログはお休みなどと書いたばかりだが、備忘録。

 27日の日経新聞夕刊1面コラム「あすへの話題/萎れたる花の・・・佐江衆一」の
最後の一文、
「しかし世阿弥はこうも言っている。花がないのに萎れたふりだけしても無駄だ、と。」
コラムの主旨は違う所にある。しかし私は最後のこの部分に強く惹きつけられた。

 早速、元の世阿弥の言葉を「風姿花伝」より検索:

「萎れたると申すこと 花よりも猶上の事にも申しべつ

           花咲かぬ草木の萎れたらんは 何か面白かるべき」


 真の花を咲かせてこそ、真の萎れたる風情を醸し出すことができる。
真の花を咲かせないでおいて、ただ萎れたような振りをしているのは醜く湿っぽい。

 しかるべき時にしかるべき言葉は神様から授かるものだ。今、この言葉を得た。
迎うる年には「もう歳だ」「やはり歳には勝てない」などの愚痴は慎もう。
その時分(年代)ごとの花を咲かせて、いつか真の萎れたる風情を得る為に。


 


posted by 山桜 at 16:43| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 祖先からの伝え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かにね〜現代の世の男性も同じ事言えますよ。小さな成功(花)の積み重ねや経験(花)が、風格を醸し出すんですよね。私もまだまだ艶やかな自分でい続けたいと思っていますが…。日々減少の髪や日々増加の顔のシワは言う事聞かないっすね〜。来年も精進精進。ご指導ください!
Posted by ふしぎなイラン人 at 2005年12月29日 20:59
さすがさくらん!!o(⌒▽⌒)o
いい言葉をありがとうございますm(_ _)m
そうね、どんな理屈を並べても
自分の花が開いているかどうかは
己でちゃんとわかるものですものね。

私はもちろん、まだまだ!
またいろいろとお教えくださいm(_ _)m
Posted by やゆよ at 2005年12月30日 00:02
山桜さんも私と一緒かな〜??
大掃除・・・なのに、他の物に目がいっちゃうのよね〜〜(^^ゞ
しかしながら、
>迎うる年には「もう歳だ」「やはり歳には勝てない」などの愚痴は慎もう。
う〜ん。言っちゃってるなぁ〜
>その時分(年代)ごとの花を咲かせて、いつか真の萎れたる風情を得る為に。
そうですね!ステキに歳を重ねていきましょう)^o^(
 
Posted by いちごパン at 2005年12月30日 03:34
不思議なイラン人さん、おはようございます。

年齢を重ねた男性には「渋い」という褒め言葉がありますけれど、
女性には・・・?褒め方が難しいでしょうね、きっと(笑) 
私は八千草薫さんのような「品があって可愛い」女性に憧れます^^
理想に向かって・・・遠い道のりをひたひたと・・・。

どうぞ来年もご指導ご鞭撻宜しくお願い申し上げます!
Posted by 山桜 at 2005年12月30日 08:05
やゆよん、おはよう!

時の移ろいによって消えてしまうものは、真の花ではないんだろうね。
その時どきの花は目に見えなくなっても、その人の中に生かされて
次の花を生み出す・・・そんな風でありたいな。

こちらこそ、来年もよろしくね!
Posted by 山桜 at 2005年12月30日 08:17
いちごパンさん、おはようございます。

そ〜なんですよぉ・・・
昨日も「あ、こんなとこにあった」って、
今年亡くなった杉浦日向子さんの「百日紅」という
北斎余話漫画をついつい読んでしまって(^▽^;)
こんな才能のある方、勿体無いなぁ・・・でも、短い人生に
沢山の作品を残されて素晴らしいし、羨ましい!

だらだら生きてちゃそれこそ勿体無いよ!って杉浦さんに
励まされたのかもしれないです。よ〜し、ガンバロっと☆

Posted by 山桜 at 2005年12月30日 08:28
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