2010年01月20日

歌会始・お題「光」

 14日、青く晴れ渡る空の下、皇居・正殿「松の間」に於いて、宮中新年行事の最後を飾る「歌会始」が執り行われました。

 当日は和裁のお稽古でしたのでDVD録画したものを、やっと見ることが出来ました。 録画したお蔭で今までで一番じっくりと見ることが出来、印象的でしたので、備忘録として書き残しておこうと思います。


 日本伝統の和歌の行事でありながら、皇族方が(冷泉家のように昔ながらの装束ではなく)洋装でいらっしゃるのは、一般入選者の式場参列の際の負担を軽くする為のお心遣いでしょうか。 万が一、もしも私が入選するなどという奇跡が起きたとしても、確かに着ていくものの心配はとても大きいです。 民の身になってお考え下さり、ありがたいことと思いました。(思い過しかもしれませんが…^^;)

 さて、最初から民放であれば放送事故?と思うほどの何一つ動くものとて無い静寂の画面…思わずボリュームを上げましたが無音。 ゆっくりゆっくりと静かに静かに進行されるのですね。 現代のスピード、喧しさに慣れてしまっている己が身を反省。

 殆ど身動き無くじっとしている参列者の中で、しきりに頭を動かし隣に話しかけている女性が目に付きました。 何故これしきの時間、じっとしていることが出来ないものかと気になりましたが、やがてその訳を知り、またしても己が短慮を反省。



【覚え書】

「披講(ひこう)」 歌を読み上げ披露すること

 ・一般入選者10名の歌
  (海外20カ国・地域を含む2万3346首の応募から10首)

 ・選者の歌
 ・召人の歌
 ・皇族方のお歌
 ・皇后陛下のお歌 2回
 ・天皇陛下のお歌 3回

「読師(どくじ)」 歌会始の司会者(声を発せず全体の進行を司る)
「講師(こうじ)」 一字一句正確に読み上げる人
「発声(はっせい)」 最初の一句を詠うこと、人
「講頌(こうしょう)」続けて節をつけて唱和すること、人

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(読師・中央の披講席に座す)
 顔を下座に向け首を縦に降り、講師らに始まりを伝える。
 講師ら、中央の披講席に移動。

(講師)
 年の初めに〜〜〜〜〜〜〜い 同じく〜〜〜〜〜〜〜う
 光〜〜〜〜〜〜い ということを仰せ事によりて詠める歌


<一般入選者の歌>

 京都府 後藤の正樹 (苗字の後に「の」が付き呼ばれる) 引き手として参加した大凧揚げ、不景気の中に明るい希望

 雲間より 光射しくる 中空(なかぞら)へ

                 百畳大凧 揚がり鎮まる


 最初に講師が読み上げる調子は、あの「あると思います」の節回しに近いものがあり、何度も心の中で「あると思います」が浮かんで困りました^^; 

 その後の発声・講頌の節回しも独特です。 文字で表してみれば… 

(発声・1人で)
 く〜〜も〜〜ぉまぁ〜〜〜よぉお〜りぃ〜〜い〜〜
(講しょう・4人で)
 ひぃ〜〜かぁあ〜〜りぃ〜〜〜い さ〜〜し〜〜くぅ〜るう〜う〜
 な〜〜かぁ〜〜〜ぞぉ〜〜らああへえええぇ
 ひゃくぅ〜じょぉ〜おおおおおだあこおおおおおぉ
 あ〜〜がぁ〜〜あ〜り〜〜しぃ〜いずまああるぅ…




 福岡県 松枝の哲哉  久留米絣・人間国宝の孫 重要無形文化財を守る

 藍甕に 浸して絞る わたの糸 光にかざす とき匂ひ立つ



 東京都 野上の卓  定年迫るころ神宿る三輪山に感動、第2の人生へのエネルギーを得る

 あをあをと したたる光 三輪山に 

             満ちて世界は 夏とよばれる




(そしてあの頻りに脇を向く女性に支えられながら、その隣の席の女性がゆっくりと立ち上がりました。)


 大阪府 森脇の洲子(くにこ)

 我が面(おも)は 光に向きてゐるらしき 

             近づきて息子(こ)は シャッターを押す



(ああ、この女性は光を失いながら、その光を詠っていらしたのです。
 脇を向く女性は付添の方で彼女の目になり支えていらしたのです。

 目に見えぬ光を、己が身を包む幸せを、肌で耳で全身でとらえ詠われていました。 知らず涙が頬を伝います…。)




 長野県 久保田の幸枝(ゆきえ) 8歳でサハリンにて空襲に遭う

 焼きつくす 光の記憶の 消ゆる日の 

                 あれよとおもひ あるなと思ふ
 



 兵庫県 玉川の朱美   田を守る人ならではの体感

 梅雨晴れの 光くまなく そそぐ田に

                 五指深く入れ 地温はかれり




 北海道 西出(にしで)の欣司   定年後20年平常運行の使命感が体に染込み離れない

 前照灯の 光のなかに 雪の降り
    
                 始発列車は 我が合図待つ




 群馬県 笛木の力三郎  何度も制覇し今は登れぬ山の頂を妻と眺める日々

 冬晴れの 谷川岳の 耳二つ 虚空に白き 光をはなつ



 静岡県 小川健二   跡継ぎなく1人で150本の蜜柑を栽培の84歳

 選果機の ベルトに乗りし 我がみかん

                  光センサーが 糖度を示す




 東京都 吉川の信行  最高齢94歳 米潜水艦の魚雷を受け、女手1人育ててくれた母の元へ泳いででも帰ると決心した時、日本の海岸の灯台の光が見え…

 灯台の 光見ゆとの 報告に 一際高し 了解の声(旧字)



<選者の歌>

 河野の裕子

 白梅に 光さし添ひ すぎゆきし 歳月の中にも 咲ける白梅




<召人(陛下に特に招かれて歌を詠む人)の歌>

 武川(むかわ)の忠一  夫人に支えられ立ち上がる。 選者を17年務めた90歳戦中派歌人

 夕空に 赤き光を たもちつつ 

                雲ゆつくりと 廣がりてゆく




<皇族代表の御歌>

 文仁親王妃(ふみひとのみこのみめ)

 早春の 光さやけく 木々の間に

                 咲きそめにける かたかごの花



東宮妃(ひつぎのみこのみめ)の御歌>

 池の面(も)に 立つさざ波は 冬の日の

                   光をうけて 明かくきらめく




東宮(ひつぎのみこ)の御歌>

 雲の上(へ)に 太陽の光は いできたり

                  富士の山はだ 赤く照らせり


 最後の句を「赤く染め…?染めたり」と読み違え?書き違え?
椎名桔平似の読師役の方、冷や汗かかれたことでしょう。
(椎名桔平似なのは発声役の方でした(。。;))

 皇太子様、やや戸惑われつつ講師を気遣われるような優しい微笑み…

 その後の講頌は、「照らせり」と正しく唱和しホッとしました。


 

皇后陛下の御歌(きさいのみやのみうた)>

 読師、皇后様から自ら御歌を認められた懐紙を戴き披講席へ戻る
(美しいお筆の文字が少しだけ画面に…もっと拝見できれば…)

「ひかり〜〜〜ぃ」ということを詠ませ給えるきさいのみやのみうた

(天皇陛下の他、皆起立)

(皇后様、天皇陛下に礼)


 君とゆく 道の果(は)たての 遠白く

                  夕暮れてなほ 光あるらし




 発声・講頌と続け、御歌を2回唱和。
(1度目の唱和の余韻の中、輪唱のように続けて2度めを唱和。)

読師が懐紙を皇后様にお返しする。
   天皇陛下の大御歌の書かれた懐紙を戴き披講席へ戻る。


 皇太子様は、常に姿勢正しく前方を見据え堂々とされている。
 秋篠宮様は、興味の向くままに目も顔も向けられる。 
ほぼ同年代の私、なんだか子供の頃のままのお二人のご様子が微笑ましい。

 招待客の東国原知事の顔が覗く…やはり皆が姿勢を正している中、頭を動かしていると目立つ。 もっとも滅多に無い機会、色々見聞したい気持は良く分かる。 そこを映されてしまう間の悪さがお気の毒。




天皇陛下の御製(おほみうた)>

「ひかり〜〜〜ぃ」ということを詠ませ給える御製(おほみうた)

(陛下の他、皆起立)


 木漏れ日の 光を受けて 落ち葉敷く

                 小道の真中 草青みたり



 発声・講頌と続け、御製を輪唱のように余韻の中3度唱和。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 選に漏れた歌も都道府県別に纏められ、天皇陛下の御許へ届けられるとのことでした。 天皇皇后両陛下は、温かな眼差しで一首一首に目を通され、民の歌に御心をお寄せ下さることでしょう。 ありがたいことです。
 

 来年の御題は「葉」

 半紙の長い辺を二つ折りにして、


 右半分に縦書きで

  お題 「葉」

 ○○○○○ ○○○○○○ ○○○○○
 ○○○○○○○ ○○○○○○○

・・・・・・・・・・・・・・・(山折り)・・・・・・・・・・・・・・

 左半分に縦書きで

 〒 住所 
   電話番号
   (ふりがな)
    氏名
      生年月日
 職業


 封筒に入れ、宛名は、


  〒100−8111  宮内庁

    封筒表に「詠進歌」と書き添える。


 応募締切 9月30日

 詳しくは、こちらへ→ 宮内庁HP・歌会始の詠進要領


 皆様、奮ってご応募下さいませ〜

 わたくしも…応募できるような歌、詠めるといいのですが…。 


 


posted by 山桜 at 19:31| Comment(14) | TrackBack(1) | 俳句・和歌・詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
時代をスリップしたような朗々とした歌声
見ておりました。
皇后さまのお歌がすきでした。美しい懐紙がみえましたね。
天皇は着物を着られることはないそうです。紋付、羽織、袴という意味の。あの平安時代のお姿は着物というのかどうか、
正式な姿は女性の場合はローブデコルテなんですね。あれすごい難しい次第があるようですよ。
皇后様の着物姿をおみかけすることがありますが、庶民のような第一等の服装ではないと思いますよ。
着物は色紋付、もしくは訪問着でと案内がありましたって、父親が黄綬褒章を頂いたときの母親の着物のコードにありました。
Posted by 蜆子 at 2010年01月20日 22:27
過去
詠進歌は二度ほど
出してみたことがありますが
箸にも棒にも
かからないという感じで(爆)
撰者の方が
割と新しい歌を詠む人たちが多いのに
歌会始の歌となると
やはり実直なスタイルが多いようです
本人たちの歌は
ちょっと外してありますのにね(笑)
Posted by 幽黙 at 2010年01月20日 23:08
おうた。。。みなさま凄いね〜o(><)o
って、さくらんもまさかの応募??
わくどき☆(⌒▽⌒)
Posted by やゆよ at 2010年01月21日 00:44
◆蜆子さんへ
 美智子様は現代随一の歌人でいらっしゃると思います。
お筆も気高く美しく、全てにおいて私の永遠の憧れのお方です。

 公式行事の正装が洋装になってしまったのは明治以降でしょうか。
宮中祭祀(今は失礼なことに皇室私的行事とされている)は、
昔通りの装束でなされていると思うのですが、歌会始は…公式行事?
…やはり、そうなのでしょうね。 

 和歌は日本文化の根幹を伝えるもの、文官衣冠・大すべらかしに十二単
とはいかなくとも、(羽織袴は武家の装束ですから)せめて女性は和服で、
と思う気持があります。 女官さんもお雛様の三人官女のような装束
の方が、あのロングドレスよりずっとお似合いではないかと…。
Posted by 山桜 at 2010年01月21日 09:01
◆幽黙さんへ
 きっと幽黙さんは応募されていらっしゃると思いました^^
遠くない未来、松の間に幽黙さんのお姿が拝見できる日が訪れますね。
楽しみにしております。

 例え選に漏れても、陛下のお目に触れる機会があるとなれば、
不心得な私でも、ちょっと心掛けてみようかという気持になります。

 選者ご本人方のお歌、ホント、ちょっと斜めな感じですよね〜
入選歌には心打つ物語があるように思えました。 何かに長い年月
打ち込み続けておいで方、逆境を乗り越えて力強く前向きに生きて
おいでの方、そういう方々の生き方が素直に表されているお歌に、
私達もやはり感動するのでしょうね。

 今年は若い方のお歌の披講がありませんでしたが、若々しい
キラリと光る感性も羨ましく、また、忘れたくないものと思います。
Posted by 山桜 at 2010年01月21日 09:12
◆やゆよんへ
 ふふふ、私には未だそのような物語が無いし修行も足りない
けれど、心掛けて詠んでいけたらいいなぁ〜と思うだけよ^^;

 私より、やゆよんよ! 三十六歌仙の血筋が呼んでいるでしょう?
私も多分、やゆよんに知り合ったことで和歌に心が惹かれた
のでは…と思うもの。
Posted by 山桜 at 2010年01月21日 09:16
今年の歌会は私も初めてテレビでゆっくりと見ました。
にもかかわらず、改めてこうした覚書を拝見すると、忘れている所も多いのに気付きます。
歌の調子にフッとわれを忘れてしまったのでしょうか・・・(汗;)

ビクッとしたのは皇太子さまが「ひつぎのみこ」と呼ばれていること。
確かに次期のすめらみことになられる大切なおん方という響きを持っています。
Posted by キミ at 2010年01月21日 10:21
リンクしました、よろしくお願いします。
Posted by 多聞 at 2010年01月21日 12:52
◆キミさんへ
 私も毎年放送を拝見してはいたのですが、何せあのゆっくリズム…
唱和の繰り返しの途中で何か他の事をやり始めたりして、ちゃんと
集中していたかと云えば、甚だアヤシイ限りでした^^;

 あの独特な唱和の仕方、○○流と解説があったように思うのですが、
録画の見直しの過程でも聞き逃してしまって…見直す時間があったら
確認しておきます。

 「ひつぎのみこ・日嗣の皇子」様の御歌は、日本一の富士山を
赤く照らす太陽の光…まさに日の本の国の日嗣の皇子のお姿そのものの
堂々とした風格でしたね。 そして皇妃様のお歌も太陽の光を受けて
「明く(あかく)煌く」と、御歌までお揃いの仲睦まじいご様子で
眩しく拝見いたしました。

 「御製(おほみうた)」の一語が、天皇陛下の御歌の意であることも今更ながら、
その唯一無二のご存在の偉大さ重さが心に響きました。
Posted by 山桜 at 2010年01月21日 17:32
◆多聞さんへ
 トラックバック、ありがとうございました。 
多聞さんの日記も早速拝見して参りました。 
なんだかちらと欲?希望?夢?が湧いて来ますよね。

 いつの日か、宮中「松の間」でお会いしましょう〜 ♪(^o^)/
Posted by 山桜 at 2010年01月21日 17:38
 
 >最後の句を「赤く染め…?染めたり」と読み違え?書き違え?
<うふふ・・・ 事の顛末、克明に覚えています^^; 一旦は言い淀んで、
結局そのまま続けられたので、書き間違え?って 固唾をのんで見ていたら、
字幕通り唱和され、私もホッと致しました^▽^¥ 

 何十年前でしょうか・・母が佳作に選ばれ、その頃は佳作まで御招待があったらしく、
「紫色の着物は避けるよう」注意書きがあったそうです。 残念ながら目の手術の後で、
欠席しましたが、先日 何気なく歌会始で検索して見ましたら、佳作の歌も掲載されて
いるのですね。 ビックリ@@;してしまいました。

 山桜さんもご応募なさっていらっしゃるのですか? 夢がありますよね-☆

 >美智子様は現代随一の歌人でいらっしゃると思います。
  お筆も気高く美しく、全てにおいて私の永遠の憧れのお方です。
<以前、私も何処かで似たような事を書いた記憶がありますが、皇后様を拝見していると、
それだけで涙がこみ上げてくることがあります。 ほんのひと時でもご一緒出来たなら、
どんなにか 感極まることでしょう。 
Posted by メダカの目 at 2010年01月21日 22:33
いつも思ってしまうのですが、あの額田王や天智天皇のお歌もあの節回しで詠まれたのでしょうか???
万葉集には「つらつら椿つらつらに・・・見れどもあかずこせの春野は・・・」今、しっかり前後も確認せずに申し訳ないんですけど、そんな歌もあります。言葉の響きを変えた方が効果的なお歌もいくつかありますよね。
「よしきみの、吉野よき見てよしと言いし、吉野よきみよ よきひとよ君」・・・とか。
Posted by 山口ももり at 2010年01月22日 08:50
◆メダカの目さんへ
 本当によりによって「ひつぎのみやのみうた」を間違えて
披講してしまうだなんて、昔だったら…とこちらまで冷汗が
背中をつたう思いでした。 近衛さんは文字を追わずに覚えて
おいでのようでしたので、思い込んでいらして脇から訂正の声が
上がっても、もう後戻りできなかったのでは…とも思いました。
あのような時でも寧ろほんの微かに笑まれたようなお優しい
面持ちで見守ってらした皇太子様、本当にお名前どおりの
人徳厚きお方と感動しました。

 丁度昨日、和裁のお教室でお祖母様が皇居に招かれた折に
召された和服の丈直しをされるという方がいらして、ひと時
 「一族にそういうお方がいらっしゃるなんて素敵ね〜!」
と、その話題で盛り上がったばかりでした。
まさにメダカの目さんも「華麗なる一族」のご一員なのですね!
このように親しくお話させて頂けるなんて本当に勿体無いこと、
ありがたいことです。(。。;)

 私は詠進歌だなんて、これまではただの一度も思い浮かべた
こともありません〜 今回、最年少入選の方でも、一ヶ月に50首、
一年で600首という積み重ねをされていると伺い、うっかりと
エライコト書いてしまったなぁと恐れおののいてます〜

 それでも、いつかは…と夢見ることだけはできますよね〜♪
Posted by 山桜 at 2010年01月22日 12:40
◆ももりさんへ
 宮中歌会始の一番古い記録は室町の頃らしく、それ以前の
ことは分かりませんが、口伝というのは案外に正確なので
あのような節回しだったのでしょうか…。

 ただあの長〜〜〜く伸ばすのは披講の時の特殊な作法で
普通に詠む時とは異なるのではないかな〜と想像しています。
言葉の響きがころころと重なって楽しい歌などは、あまり
ゆっくり詠んでしまっては魅力が生かされないですよね。

 百人一首を読み上げる時も、江戸風と京都風ではかなり
違う節回しですね。 私はなるべく変な節や抑揚をつけずに
水が流れるようにと素直に詠むように心掛けています。
(これは祝詞の奉唱の仕方を鎌倉とんぼさんに教えて戴いた
時のお言葉です。)

 草書のお手本を提腕法と懸腕法と二通りでお清書してみました。
私に向く方法はどちらか分からなくなってしまって…。
Posted by 山桜 at 2010年01月22日 12:52
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