止まらない余震とその警報音、流される大震災関連の報道、長いこと生きてきた大人の筈の私でさえ、冷静であろうとする気持ちとは裏腹に、もたらされる情報の正しい読み取り、先読み、とるべき行動等を考え、ずっと心臓が高鳴ったままのような落ち着かない状態が続いています。
そんな私の強張った顔を見ると、もう大きな娘であるケロロンでさえ、笑わせようとしておどけたりからかったりして来ます。 彼女持ち前のクールさで何でもない風にしていますけれど、不安な気持ちの裏返しではないかと思います。 ましてや未だ小さなお子さん達の心の不安さはいかばかりでしょう。
娘をそんな気持ちにさせている不甲斐ない私。 言う資格も無いのですが、反省を込めて…。
何が起きているのか分からない程小さなお子さんでも、身近な大人の気持ちは伝わります。
「こわいよ」
「さびしいよ」
「こっちを向いてよ」
そう言えないで、黙って我慢しているお子さんが身近にいませんか?
今、貴方はこわい顔をしてずっとテレビや携帯やパソコンの画面を見てはいませんか? もしそうなら、一度ゆったりと深呼吸し気持ちを整え、笑顔を思い出し、お子さんを抱き寄せ目を見て、
「大丈夫よ」
「大好きよ」
「ここにいるからね」
と暖かい体温と共に伝えて下さい。
お仕事でそばにいられない時は、電話でも録音でもメモでも、字の読めない子には絵でで写真ででも、いつも心を寄せていることをお伝え下さい。 どうか柔らかな心が守られますように…。
ラベル:東日本大震災
無遠慮さには腹立たしさを覚えつつも
日々報道される被災地で亡くなられた方々の
ひとつひとつの物語
最後まで津波注意を呼び掛けて
そのまま行方が分からない役所の女性
まだ小さな赤ちゃんをしっかりと
守るように掻き抱いたまま亡くなった母親
しっかりと手を握り合って亡くなった兄弟
そうした話にはもう嗚咽が漏れるばかり
自然は意味も無く荒ぶるとはいえ
何の罪もないこうした人たちが
命を奪われてしまう不条理感は
どうしても拭うことができず
今はもうただただ御魂の安らかなれと
祈りを捧げるのみです
あまり小さな子どもたちには
報道を見ているだけでPTSDになる
ということもあるそうですし
日々放射能問題が報道されれば
その内容の曖昧さや複雑さに
パニックのような状態が起ったり
だれしもが少々感情的にも精神的にも
おかしくなって当たり前です
こういう天災でも
まず子どもや高齢者や障碍者など
いわゆる社会的弱者が
精神的に大きく傷つきます
それと難病患者のように
傍目にはそれとわからない
病気を抱えておられる方々
健常者でさえ免疫力が落ちるのですから
そうした弱者の方々はなおさらです
なんとかみなが
せっかく得た命
大切に守られていくことを
願ってやみません
大震災を経験された方々の智恵を、思い出すのもお辛いこと、心苦しく存じますが、どうか小さなことでもお伝え下さると助かります。
弱き小さき者の存在は、守るべき立場の者の人間性を高めてくれる神仏の化身かもしれません。弱者を守る心が自らの心も救うのだと…。
大学院で臨床心理を学ぶ次男からは,TVを観すぎないようにと言われてしまいました。
昨日,斑鳩の里・中宮寺で,あのお方の微笑みに心癒されてきました。
新聞でも「被災していない人の落ち込み」や止まらない
「地震酔い」の症状について書かれていました。
友人の中でも、
「何もする気が起きない」
「自分の趣味の買い物などしてはいけない気がする。」
という話題が出ます。
私もあれ以来、変な動悸で胸が圧迫されるような症状が
続いています。 震災関係のテレビは、短いニュース以外
見ないようにしているのですが…。
思えば日本列島は、普段は豊四季に恵まれた穏やかな姿ながら、
反面、被災と復興の繰り返し。 神仏に手を合わせることで
癒される、素直な信仰の芽生えは自然なことですね。