2006年11月03日

永沢光雄「最後の手紙」

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 私は作家・永沢光雄さんの業績を知りませんでした。 
漠然と将棋の人?などと誤解しつつ、産経新聞に連載されていた
「生老病死」という闘病生活を綴ったコラムに引き付けられ読み
続けておりました。

 4年前に下咽頭癌で声を失われ、そのストレスや鬱病、後遺症、
他の病状からくる猛烈な痛み吐き気などに苦しめられ、やがて
アルコール依存症に…。 そんな日々は、私は未読ですが、著書
「声をなくして」(晶文社 2005/05) にも詳しいようです。 

 時にいらいらするほどの甘えた姿、情けない己の有りようを、
こんなことまで書いてしまって良いものかと思う程、正直に書いて
おいでで、思わず引き込まれました。闘病中の人は、周りに心配を
掛けないように、また自分自身に弱さを見せないようにと、気持を
隠すことが多い中、このような記録は、私にとっても、非常に貴重
なものでした。

 その永沢光雄さんが、11月1日、1の3つ並ぶのこの日、不意に
逝ってしまわれました。 未だ47歳の若さでした。 
さぞ無念…そう思った私の安易な想像は、産経新聞の編集者に送ら
れた永沢さんからの「最後の手紙」で打ち消されました。
 
 哀悼の意を込めて、ここに転載致します。  合掌


 産経新聞文化部 桑原聡様

 毎週、私の汚い手書きの原稿を整理して下さって誠に有難う
ございます。感謝の念に堪えません。

 それにしてもつくづく思うのですが、なぜ街の人たちはあんなにも
元気なのでしょうか。かつかつと靴音を鳴らして歩き、地下鉄の階段
もすいすいと登る。病院の待合室の年配の女性たちだってそうです。
待ち時間など気にもせず、患者同士で大声で笑いながら会話に興じて
いる。一体、どこが病んでいるのでしょう。羨ましさを通り越して
嫉妬さえ覚えます。
 
 ところで今日の昼過ぎ、私は猛烈な吐き気に目を覚まされました。
少しでもその気持悪さを楽にできる格好はないかとベッドの上を転げ
回ったのですが、吐き気は増すばかりです。ああ、また腸閉塞かと
言う思いが頭をよぎりましたが、今までの経験からしてそこまでは
至っていないようです。胃薬を飲みましたが状況は変わりません。
これはもう力ずくで眠るに限る。私は今日の夜の分の睡眠薬を口に
放り込みました。

 けれども、昼間であった為か、もう長年愛飲している薬の効果が
なくなったのか、二時間で目を覚ましてしまいました。私は後者だ
と思います。
 けれども、わずか二時間でも眠ったおかげか、吐き気はなくなっ
ていました。私は安堵し、秋の夕暮れの光が入ってき始めた寝室の
天井を眺めました。そして、ふと気づいたのです。


 隣室に、『死』というものが潜んでいることに。 
しかし、私はその輪郭のはっきりとしない、ぼんやりとした『死』と
いうものに脅えることはありませんでした。むしろ慰められました。
これで、やっと楽になれると。


 私に自死するつもりはありませんし、多分しないでしょう。
けれども『死』が向こうからやってきたら甘んじて受けるつもりです。
これからやりたい仕事はいろいろありますが、仕方ありません。
ただ残した妻にいろいろな厄介を掛けることだけに罪悪感を覚えて
います。

 今週末、心臓の検査で大学病院へいきます。
死の影に慰められた人間が、生きる為にだるくて重い体を引き
ずって病院に行くのです。何と滑稽なことでしょう。

 だから人間は面白いのかもしれません。


 桑原さん、これからも私に限りがくるまで、なにとぞよろしくお願い
致します。

                                      永沢光雄

(平成18年(2006)11月3日 産経新聞1面 / 太文字変換は山桜による)



 彼をあの世に連れ去ったのは彼を苦しめた癌ではなく、アルコールに
よる肝機能障害だったそうです。そのような中でよく最後まで律儀に…。

 天寿を全うされて静かに旅立たれた白川先生とは対照的な、短くも
壮絶な人生。しかし共に、最後まで人に何かを伝えることに命を燃やし
続けた人生に頭を垂れます。

 永沢さん、ありがとうございました。
次はどんな人生でしょう。 楽しみですね。 献杯!



                       
posted by 山桜 at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 本・絵本・物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご冥福をお祈り申し上げます。
誰にでも平等にやってくる「死」
生と死の陰陽もあるけれど
「死」そのものにも陰陽があるのですね。
Posted by やゆよ at 2006年11月06日 20:09
こんばんは。

永沢さん、
私はまったく知らない方です。
47歳での旅立ちはやはり早いですね。

私事ですが、
昔のこと、読みながら思い出しました。
父を癌で亡くした後、落ち込んでいたら夫が
「天空の川」ガンに出会った河川技術者の日々  という本を買ってきてくれました。

著者は関 正和と言う方で、享年46歳でした。

闘病の日記なんだけど、なぜか読みながら、
ものすごく癒されたの。

自分のことを辛いのに
正直にありのままに書き残される方々って、
すばらしいと思います。

永沢さん、関さん、
次の人生はどんなでしょうね。。。


Posted by noriko at 2006年11月06日 21:01
☆やゆよん、おはよう。
 この頃立て続けに著名な方々が亡くなられるのは何故だろう…
なにかそういう時期にさしかかっているのかしら?

>「死」そのものにも陰陽があるのですね。
・陰と陽とは、どちらが良い/悪いで分けられるものではなく、
表裏一体なのだものね。 人は暖かい光の中でだけ生きられる
ものじゃない…。
 
 「死」で救われるのは、格好悪くもがき苦しんでも、
精一杯生きる為に生き抜いた人だけ。

 そうでない人は、死んだ後も、自分にもご遺族にも悲しみを
残してしまうと思う。 「死」は生きて生きて生き抜いた末に
向こうからやってくるものなんだなぁ…

 などなど、いろいろ考えてしまうこの頃。
Posted by 山桜 at 2006年11月07日 08:50
☆norikoさん、おはようございます。
 訃報ばかり続いて書いたら、すっかり静かになってしまい
ました^^; そんな中、コメントをありがとうございます。

 私も亡くなるまで知りませんでしたが、スポーツや風俗関係の
ノンフィクションを手掛け、インタビュー集「AV女優」で
注目を浴びた方だそうです。 他には「強くて寂しい男たち」
「すべて世は事もなし」など。 タイトルだけは聞いたことが
あるような…。

 何も知らなかったのに、文章だけに惹かれて読み始めた
のですから、純粋に彼の引力ですよね。

 関正和さんの闘病記、私にはタイトルからして読まずに
いられない雰囲気を醸し出しているようです。読んでみます!

 47歳って白川先生の丁度半分なんですよね。
本当に人の一生ってさまざまです。 
自分の天寿は分からないけれど、楽しめる時は充分楽しんで、
苦しい時は精一杯その中に意味を見つけながら、全うしたいと
思います。
Posted by 山桜 at 2006年11月07日 09:48
アルコール、肝機能障害・・・耳に痛い言葉・・・
今日の突風で空気が澄んだのか、やけに月が綺麗です。月見も良いですよ!
我が祖父の養子の条件、朝五合、昼五合、夜一升。
これでは肝機能が・・・
Posted by 酒徒善人 at 2006年11月07日 20:11
☆酒徒善人さん、おはようございます♪
 お酒とは上手にお付き合いしたいものですね^^
先日、昼間から注がれるままに次々と酒屋さんで利き酒をして、
帰り道、酒瓶をぶら下げながらヨロヨロ帰ることになって
しまいました。 そんな時に限って知人に会うんですよね。
息を吸い込みながらお話しました(^▽^;)

 昨晩の月・星は素晴らしい輝きでしたね! あまりにも
寒くて長くは外に居られませんでしたけれど…。
Posted by 山桜 at 2006年11月08日 09:01
>「死」は生きて生きて生き抜いた末に向こうからやってくるものなんだなぁ…
< 本当にそうですよね。天才モーツァルトは、死は人生の最上の友だと。。。
先日亡くなった、社会学者の鶴見和子さんも、同じような事をおっしゃっていました。
死は怖くないし、お祭りだとも。@@; 88歳で、お体もご不自由でありながら尚も
好奇心旺盛な方で、「知らぬこと分からぬことの次々に 夢に現れ死ねぬと思う」
なんて歌を知って、凄い方なんだなぁと。こんなに前向きに、潔く生きられたなら、
確かに死など怖くないのかも。。。
 私も読んでいないので、本、読んでみます。
Posted by 飛翔 at 2006年11月08日 15:20
◆飛翔さん、こんにちは♪
 「死」より「若さの衰え」が怖かった頃も過ぎ(笑)、
やっと「歳を重ねるのもいいものだ」と思えるようになりました。

 「知らぬこと分からぬことの次々に 夢に現れ死ねぬと思う」
正に今、日々そう思っています。 お茶という新しい世界に
足を踏み入れ、また目の前に真っ白な紙が広がったようです。
どんな文字が書かれていくのか、どんな色に染まっていくのか
わくわくしております。 お迎えが来るまで、好奇心の塊で
い続けたいと思います。 お迎えがどんな風にやってくるのかも是非、
観察して何らかの形で現世の方にお知らせしたいなぁ…などと!
Posted by 山桜 at 2006年11月09日 11:05
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