2006年11月15日

炉開き・初茶事稽古(四)

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 長らく私の初茶事体験にお付き合い下さりありがとうございます。
最早独走態勢で黙々と走り続けているようかと思いきや、伴走応援して下さる方々が何人もいらして、もう大感激・゚・(つД`)・゚・最後までもう一息、ガンバリマス!

後座・席入り
 中立ちの後、同じ茶室に戻りますと、窓の簾が巻き上げられ、室内に明るい光が差し込んできました。 床には色づいたニシキギの枝と椿の蕾が一輪…お部屋の空気が一変し、まるで舞台の幕が変わり、新しい景色が広がったかのようです。

 前座の時と同様にお軸とお道具を拝見し、自分の席に着きます。 (二)の席入りの時書き忘れていましたが、手にしていたお扇子は一旦右膝横に置き、亭主への挨拶が済んだ後、自分の後に置きます。 この時、正客は扇子の要(かなめ)を上座へ向け、次客以降は下座へ向けます。 これはお互いへの敬意を示しています。

濃茶
 普段私達が戴く機会が多い抹茶は「薄茶・お薄」と呼ばれるもので、さらりと飲みやすく一人分ずつ点てられますが、濃茶はその文字通りふっくりとろりとした濃厚なお茶で、一つのお茶碗に人数分が点てられ回し飲むこととなります。

 濃茶には、単に抹茶の量が多いというだけでなく、薄茶用とは別に濃茶用に大切に育てられ、手入れされたお茶の木から摘まれた上質な茶葉が使われているのだそうです。 そのお味の違いが分かるようになりたいものです。

 薄茶のお稽古では茶杓に一杯半の抹茶を入れますが、濃茶ではどの位いれるのかと数えていますと、五名の客分で15杯…一人分は3杯でした。但し、注ぐお湯の量が少ないので、身近な例では、丁度ココアを美味しく淹れる時に、先ず少量のお湯で練り合わせる程の濃度と言えましょうか。

 今日の茶事の為のありとあらゆる心づくし全てが、この一服の濃茶を美味しく戴く為のものだと思うと、そのありがたさに心が高まり自然と雑念も消え、集中して参ります。

 まるでお茶の濃度と同様に、座の空気もぐっと濃くお手前にも格調と重みが増したように思えました。 この雰囲気の中で堂々とお手前が出来るようになる日がいつか来るのでしょうか…気が遠くなります。

 いよいよお茶碗が回って参りました。 薄茶と異なり、出し袱紗という美しい布が添えられています。 初めて扱いますので、正客さんと次客さんの所作をよくよく観察して臨みましたが、イザ自分の番になると、右も左も分からなくなり、結局一手一手教えて戴きながら頂戴することになりました。 確認して覚えながら書き出してみます。

 @前の方がお茶を召し上がっている間に次の方に「お先に」の次礼
 A前の方と自分の間に茶碗、その左に出し袱紗が置かれ送り礼
 B茶碗を自分の膝前に置き、右手で出し袱紗を取り左手の上で開き
 C茶碗を袱紗の上に載せ軽くおし戴いてから、正面から戴くのを避け
  る為、手前に二度回し正面を左横にして三口半ほど戴きます。
  (この日は5人分でしたので1/5を目安に)

 戴いてみると、トロリと滑らかな中に苦味は程々、次第に甘みと旨味が口に広がりうっとりとした気分に…これは確かに上質な大人の嗜好品です。

 D飲み終れば右手で茶碗を膝前に、袱紗を折りその左に置き、
 E懐紙を出して飲み口を清めます。
 F茶碗を右手で取り左手の上で向こうに二度回し、正面に戻します。
 G右手でお茶碗を(お茶碗は落とせば割れるものですので、いつも
  利き手で慎重に扱います。左利きの方は何かとお作法で困るので、
  昔はとても厳しく直されましたね。今お茶の世界では、どうされ
  ているのでしょう…)持ち、左手は膝で次の方との間に置きます。
 H出し袱紗を右手でとり左手に持ち替え、茶碗の左に置き、送り礼

 こうして順々に茶碗と袱紗が回り、最後に飲み終えた末客が両方を携えて正客に戻し、茶碗と出し袱紗の拝見となります。

茶碗・出し袱紗の拝見
 茶碗が回って来ましたら、縁内お隣との間に置き「お先に」の次礼
 @両手をついて茶碗の全体を右・左と拝見し、
 A次いで肘を膝から上げない高さで(万が一落としても茶碗が無事)
  手にとって、内側や裏側の高台も拝見します。
 B再度膝前に置き右・左と拝見し、お隣に送り礼をして回します。

 次いで出し袱紗が回ってきますので、手の上に取り拝見します。 全員の茶碗と出し袱紗の拝見が終わると、末客が正客に両方を出会い(正客が炉前の畳に末客を迎え出る)でお返しします。 最後に正客から亭主に、茶碗と出し袱紗がお返しされます。

 亭主がそれらを膝前に取り込みますと、客一同で総礼となります。

三器(茶入・茶杓・仕服)の拝見
 これらの拝見にも勿論お作法がありますが、後に譲ります…と言うかもう良く覚えていないのです。 そろそろ記憶力も限界です。

茶壷の拝見
 こちらも茶事のどの辺りでどのように拝見したか思い出せません。 網が掛かっている時は拝見を所望出来ないことと、壺をそっと倒し、 右から左に、もう一度右に戻して二度転がしながら拝見したというような記憶だけが、かすかにあるのですが…

(つづく…)



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ラベル:炉開き 茶事
posted by 山桜 at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 茶の湯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さくらん、凄い記憶力だね〜(@@)びっくり〜
全然わからないから、詳細にどうこう。。。は
まったく感想が書けなくてごめんね!!
いつか再読する機会が・・うーん( ̄▽ ̄)うーん
来るといいよね♪(^^)
Posted by やゆよ at 2006年11月27日 16:21
◆やゆよん、こんばんは♪
 記憶力。。。全然だよ〜知ってらっしゃる方々がご覧に
なれば、きっとそこら中間違いだらけだと思う・・・orz
それでも、今の私の初心の記録なので残して置きたかったの。
 あぁ、こういうところが分かり難かったんだなぁなんて、
いつか読み返して参考に出来たらいいかな、なんて。

 だから、やゆよんが無理して読む必要なんてないからね〜
全然気にしないで、ホントだよ! 

 でも、いつも気にかけてコメント書いてくれてありがとね!
そんなやゆよん、優しくて大好きよ^^
Posted by 山桜 at 2006年11月27日 16:48
山桜さん、わくわくどきどき、感動が伝わってくる茶会日記ですね。
詳しく書いて下さっているので表さんの作法はこうなんだーと私もお勉強させて頂いています。流派によって微妙に違うところがまた面白いですね。
私もお茶事してきたばかりだけど、読んでいたらまたお呼ばれしたくなってしまったっ。
Posted by m-tamago at 2006年11月27日 21:00
◆m-tamagoさん、おはようございます♪
 m-tamagoさんは口切の茶事の亭主役を務められたとのこと、
素晴らしいですね! お稽古を積めば積んだで、また次の
緊張の舞台が味わえる・・・う〜ん、もう一生楽しめそうです^^

 流派の所作の違いにもそれぞれ理由があってのことで、
それを知ったり思いを馳せたりすることもまたまた面白いです。

 季節の自然や一日の中の時や光の移ろいに浸りながら、
心づくしのおもてなしを受ける幸せ・・・足の痺れも忘れる程の
至福の時でした。 そして・・・(五)に事件が(苦笑)
Posted by 山桜 at 2006年11月28日 09:14
東京ではお会いできて本当にうれしゅうございました。又、京都へいらしたらゼヒゼヒ、ご連絡を。ご案内??出来るかもしれません。京都はお茶室の宝物館みたいな町ですが、普段は公開していません。先日も大覚寺へ行ってみたのですが利休自刃の真珠庵は公開していませんでした。利休がせった履きの肖像を2階に飾って、その下を通る秀吉を侮辱したとして、自刃の原因になった金毛閣も外からしか見られません。井上靖に「利休と秀吉」だったか・・・ちょっと調べてないのですが・・・秀吉と利休の茶に対する思いが違った。秀吉は金ピカの茶室、利休は荒壁の3畳台目の茶室、二人の哲学の違いを描いていて印象に残った短編がありました。本当にありがとうございました。
Posted by 山口ももり at 2006年11月28日 10:06
◆ももりさん、おはようございます♪
 ももりさ〜ん、私もお会いできて本当に舞い上がるほど
嬉しゅうございました! そして益々大ファンになって
しまいました。 お好きなことをみつけて次々と新しいことに
挑戦していかれるエネルギーを分けて戴けたようで、とても
元気が出ました。 スペインの彼女の青い瞳とももりさんの
瞳が重なって、今も私の心を照らして下さっています。

 また泉のように湧き出る博学に、私はただただ尊敬の眼を
瞬かせるばかり・・・(^▽^;)

 ももりさんご案内で京都を歩けたら、どんなに素敵でしょう!
夢は叶えるもの・・・その日を手繰り寄せる為、頑張ります☆
Posted by 山桜 at 2006年11月28日 11:28
先日の2つの展覧会が終わってちょっと来年の3月まで、時間があるので、運動を兼ねてあちこち歩き回っています。京都の夏は、もう暑すぎて出歩けないんです。だから、たまりに溜まった運動不足を取り戻そうと。昨日も嵯峨野、厭離庵や祇王寺などフラフラと・・・厭離庵はマイナーなお寺ですけど、お茶室が素晴らしいはず。公開してなかったけど。ちっとも公開しないお寺ですが昨日は、たまたま開いていました。「騒人にひたと閉ざして嵯峨の寺」だれの句だったか・・・やっぱり嵯峨野の秋って素晴らしい。そして、コツは迷子になること。知らない道を歩くと思いがけない美しい所があるのです。昨日も、もう真っ暗くなったので、なんとか、バス停まで出て帰りました。又、ご一緒に迷子になりません??
Posted by 山口ももり at 2006年11月29日 10:27
◆ももりさん、こんにちは♪
 私も時間がある時に迷子になるのは大好きです。
(でも大抵迷子になる時は、時間に追われて焦っている時^^;)

 いつもの道から一本脇に入っただけで、見知らぬ国の扉を
開けたように、新しい世界が広がっていてスキップしたく
なりますね♪観光客が歩かないような京都の迷い道、ご一緒
できたらどんなに素敵でしょう。 足(脚線美じゃなくて歩く方)
だけには自信があります☆
Posted by 山桜 at 2006年11月29日 13:15
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