2012年09月24日

聖メヴラーナ「七つの教え」

 秋雨というには激しすぎる大雨が夏を追いやり、一気に肌寒い風を招き入れました。  私の夏休みも終わりです。 あちこちガタのきた身体に気合いを入れて、キャンプ・盆帰り・トルコ・北海道と暑い暑い夏の最中を出歩いて参りました。 ケロはその後、また沖縄にも行っています。 若いってスゴイことですね!

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 この夏のこと、何から書くかは決めていました。 いちばん心に残った言葉です。 トルコの旅でコンヤという町へ向かうバスの中で、トルコ人ガイドのイブラハムさんから美しい日本語で発せられた言葉が胸の奥に響きました。 バスの中では完全にメモは取れず、メヴラーナ博物館の前のトルコ語と英語の掲示を写してきたものを元にネットで検索して調べてみました。 実に様々な和訳があり、トルコ語も分からず、どれがメヴラーナの心を一番伝えているのか判断に困りましたが、やはり最初に耳にして感動した言葉を思い出しつつ自分なりに推敲してみました。 どれが正解ということではなく、一人一人の置かれた状況によって受け取り方が多少違っていてもそれはそれで良いのではないでしょうか。 必要な時に必要な言葉が心に映る…教えというのはそうしたものだと私は思います。

     
       聖メヴラーナ「7つの教え」
       Hz. Mevlana Yedi ogudu

1. 恵みや人助けは、流れる水の如く (気前よく絶え間なく)
   Comertlikte yardim etmede akar su gibi ol,
    (In generosity and helping others be like the river.)

2. 情け深さと親切は、太陽の如く (平等に暖かく)
   Sefkat ve merhamette gunes gibi ol,
 (In compassion and grace be like the sun.)

3. 人のあやまちは、夜の闇の如く (覆い隠せ)
   Baskalarinin kusurunu ortmede gece gibi ol,
   (In concealing others' faults be like the night.)

4. 怒りや苛立ちは、死の如く (葬り去れ)
   Hiddet ve asabiyette olu gibi ol,
   (In anger and fury be like the dead.)

5. 慎み深さと謙虚さは、大地の如く  (静かに動じず)
   Tevazu ve alcakgonullulukte toprak gibi ol,
   (In modesty and humility be like the earth.)
                      
6. 寛大さは海の如く (大らかに広く深く)
   Hosgorulukte deniz gibi ol,
  (In tolerance be like the sea.)

7. ありのままの己を見られよ、
   或いは、見られる通りの己であれ。(裏表なく)

   Ya oldugun gibi gorun, Ya gorundugun gibi ol !
   (Either exist as you are or be as you look.)

   *日本語の(  )内は、今の山桜の個人的解釈です。


来れ 来れ 何人であれ 再び来れ
不信者であろうと、拝火教徒であろうと、 他信徒であろうと、来れ
わが学びの場は絶望にあらず
たとえなんじが百度その誓いをやぶろうとも
来れ 再び来れ


*聖メヴラーナ(我が師の意)
 ムハメッド・ジャラールッディーン・ルーミー(1207-1273)
 独特の旋回舞踊セマーで知られるメヴラーナ教団の創始者・詩人・神学者。


 トルコでは「トルコ人と日本人は親戚」「お互い兄弟だから」などと嬉しい言葉を何度となく掛けられました。 トルコでは、日本とトルコの心の交流の歴史を学校で習うのだそうです。 観光地では英語よりも日本語が通じるほどで驚きました。(トルコ語と日本語は主語述語などの順序が同じなので、学びやすいのだそうです。 それにしても街中でも流暢な日本語を話す人が多いこと!) 勿論、商売上のお世辞やツールの部分もあるでしょうけれど、「七つの教え」を心を持とうとする人間性に、日本人と通じるものがあるように思えました。 近隣諸国とは同じ文化圏のようでいて考え方の違いを痛切に感じるこの頃ですが、遠く離れたこの国で「文化は違うけれど心が同じ」と固く握手され、嬉しくて胸が熱くなりました。 

写真右から メヴラーナ博物館  七つの教えの掲示  休息中の優しい瞳の紳士



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ラベル:コンヤ トルコ
posted by 山桜 at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 旅歩き・町歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは
コンヤといえばぐるぐる回る踊りを思い出します。
日本トルコ年でしたか、数年前にコンヤの舞踏団が来日して、踊りを見に行ったのでした。
トルコの方々はエルトゥールル号の話を常に心の底に懐いてくれているのでしょうね。
Posted by 遊行七恵 at 2012年09月25日 09:54
◆遊行七恵さんへ
 セマー舞踊をご覧になったことがあるのですね^^
神様と一体になるために、ぐるぐる回って一種の陶酔状態に
なるのかなと思いますが、私だったらその前に目が回ってしまい、
たちまちバタンQ!間違いなしです。

 エルトゥールル号の話はトルコの教科書にも載っていて本当に
よく知られています。 その恩返しにイラン・イラク戦争の時、
在留日本人の為に救援の飛行機を飛ばしてくれたことも
記憶に新しいですね。 その時に「恩返しは忘れないけれども、
恩返しは求めない」という国民性だと聞いて感動した覚えがあります。

 長年苦しめられてきたロシアを日露戦争で日本が打ち破ったこと、
朝鮮戦争で日本人がトルコの負傷兵を手厚く介護したことも
日本人への好印象になっているようです。 心優しい異国の友を
大切にしていきたいです。 
Posted by 山桜 at 2012年09月25日 19:06
トルコに行かれたのですね。先日、BSでやっていた、ピアニストの辻井伸行がトルコの音楽祭でトルコ行進曲を弾く、という番組を見て、あらためてトルコも行ってみたいなぁと思っていたところでした。トルコの人は本当に日本が大好きなんですね。遙か彼の地での親日の思いに嬉しくなる一方、近親憎悪のような近隣国の反日の根の深さに憂いを感じずにはおれません。
Posted by くさや at 2012年09月26日 12:51
◆くさやさんへ
 黒い装束に頭まで身を包んだ年配のご婦人が駆け寄って来て、
 「日本人?」と満面の笑み、
私がうなずくと、身振り手振りで『一緒に写真を撮りたい』と…
最初は今までの外国旅行の経験から、申し訳ないけれど、
『スリ!?』と思わずカバンを抑え身構えてしまいましたが、
どうやらそんなこともなく、同行者のカメラに一緒に収まると
握手をして何度も振り返り手を振りながら去って行かれました。
私も何だか嬉しくなって浮かれてたんでしょうね、後で
 「あれからすごくご機嫌だったね」
とケロに言われてしまいました。

 あの国も彼の国も嘗ては尊敬すべき文化の持ち主だったのに、
教育の影響は大きいですね 振り返って日本の教育も…嗚呼!
教育改革に取り掛かって半ばで倒れた安倍さんの再起に、
「日本人であること」を誇りに思える国造りを期待します。
Posted by 山桜 at 2012年09月26日 17:36
トルコ・・・アチコチでおしゃべりを楽しみました。特に子供達。ボスフォラス海峡を渡る船勢の子供たちの遠足に遭遇。スケッチをしていたら子供達の環の中に。私とチョボチョボの英語ですが、それでも一生懸命いろんなことを聞いてくれて嬉しかったです。アゼルバイジャン共和国の親善大使の子供達ともおしゃべり。何処へ行ってもスケッチブックが取り持つ縁でお話ができるのです。
Posted by 山口ももり at 2012年09月27日 09:36
◆ももりさんへ
 やはり旅はいろんな人とのおしゃべりが楽しいですよね♪
私はどうもタレ目でお人よし?そうに見えるのか、日本でも
外国でもよく話しかけられる…隙はない積りなのに(トホホ)

 カプリ島に渡る船では、カプリに帰るというご婦人に、
 「トイレのドア、鍵を閉めるのが嫌だから、抑えといてね!」
と頼まれ、出てきたら
 「今度は私が抑えといてあげるから、入りなさい」
ですって。 それでいて外では、
 「日本人が閉じ込められないように助けてあげてる」
って言ってるのが聞こえてました。 頼んでないのに〜(笑)
鍵が壊れて閉じ込められることが多いのかもしれませんね。
 「Grazie〜!!」
ってハグしてお別れしました。(お互い手を洗ってなかったかも??)
人懐っこい笑顔とあったかな温もりの思い出です。
Posted by 山桜 at 2012年09月27日 17:25
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