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2025.12.10 低山はいかい倶楽部
萬松山 泉岳寺 山門
嘗ては、手前の中門の外に総門もあり、3つの門構えだったのだそうです。総門跡は見ることが出来るのでしょうか。
この日、不思議なご縁の巡り合わせで訪れた泉岳寺では、丁度、地元の小学生たちが自作の解説書きを手に一生懸命のガイドを繰り広げていました。
地元の出来事から歴史に興味を持ち始める良い切欠にもなりますね。人前で話をするのは得手不得手があるように、解説書きの方に力を発揮した子も居ることでしょう。小学生とは思えない美しい文字や内容にも目を見張りました。
12月12日〜14日には義士祭もあるそうです。
遥かな時を超えても愛される赤穂義士。彼らはこんな未来をどう思っているかしら。嬉しくない筈はないですよね。生まれ変わってこの地に住んでいる義士もいるかもしれません。
本堂へ
萬松山 泉岳寺 本堂
泉岳寺は曹洞宗(禅宗)のお寺。先ず、本堂にお参りです。
曹洞宗と言えば、行く年来る年で映像が流れる福井の永平寺、横浜鶴見の総持寺の2つの本山があります。
元は外桜田(現ホテルオークラ近辺)に徳川家康公により、慶長一七年(1612)年創立されましたが、寛永一八(1641)年 寛永の大火で消失、高輪に移転。家光公は、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の五大名に命じて復興を進められました。浅野家と泉岳寺のご縁はそれ以来とのこと。
本堂の扁額「獅子吼(ししく)」
文政二年(1819) 卯八月 中将源齊宣 とあります。
中将齊宣は薩摩藩第九代藩主 島津斉宣公(天璋院篤姫の義理の祖父)官位は左近衛中将
「獅子吼」とは、お釈迦様の説法のこと。
百獣の王の咆吼が悪や魔を平伏させる如き力を持つの意。
首洗いの井戸
義士が本懐を遂げ討ち取った吉良上野介公の首を洗ったと伝わる井戸です。痛ましい思いで井戸を写すのは憚られ、脇から失礼しました。
脇から拝んだお蔭で、玉垣に『オッペケペー節』で有名な川上音二郎(かわかみおとじろう)の名をみつけました。音二郎は泉岳寺の赤穂義士の墓が荒れ果てているのを見て、貧者救済の名目で寄付を行ない、その寄付で寺は首洗の井戸をも整備したのだそうです。有り難いことです。
吉良公は、赤穂義士からみれば宿敵ですが、領地では名君と伝わります。討ち入りは、逆恨みによりテロ行為とも…。そんなお互いの悲しい思いも「オッペケペー」の声が聞こえてくると、癒やされるようで救われました。恨む心に支配される人生は勿体ないです。
そう言えば、こちらが、2025年の名言第2位です。
「誰かを許すのは、その人のためじゃない
許せない相手に、自分の人生を支配させないためだ」
旅人KAD氏が、旅先で出会ったドイツ人にもらった言葉
(つづく)


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