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2025.12.10 低山はいかい倶楽部
赤穂義士が眠る泉岳寺から細い路地などを通り…
屋敷林の茂る長い塀沿いに進むと…
赤穂義士自刃の地の門
門の中
流石にここでは、ぎゅっとこめかみが痛くなって苦しかった。
静かに手を合せる。
自刃された赤穂義士の方々のお名前
大石良雄他十六人忠烈の跡 解説
「大石良雄他十六人忠烈の跡」は、東京都港区高輪の旧跡。
元禄16年2月4日(1703年3月20日)熊本藩細川家の下屋敷において赤穂浪士の大石良雄(大石内蔵助)ほか16人が切腹した地。
元肥後熊本藩細川家の江戸下屋敷。現在は都営高輪アパートの敷地内。
三田の伊予松山藩屋敷跡(現イタリア大使館)には、大石の息子の大石主税良金ら十士切腹の地がある。
後に細川家によって破壊された墓の台座部分、供養塔の名残と思われる石が散見される。
義士たちを預かった細川家では当初、義士たちを守り神として大切に供養し史蹟として残していたが、後の様々な事情により残すことが出来なくなったとのこと。
解説板には「切腹した場所は、大書院舞台側、大書院上の間の前庭で、背後に池を背負った地で腹を切ったという」とある。それがこの地なのか、池が背後に有るのかは、はっきりと分からなかったが、ここに長く留まることは出来なかった。


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