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2026.01.08 花木くらぶ番外編
鷲神社前の大通り(国際通り)を南下、Y字分岐を右に進み、言問通りに出たら右折、金竜小(カッコイイ校名!)学校前交差点を左折すると「合羽橋道具街」。
急に人通り、それも外国人さんが増え、こちらの方が「国際通り」ぽいぐらい。調理道具も人気ですが、一際賑わっているのが食品サンプルのお店!我々もちょっと覗いて見ましたが、お土産に買うには高価すぎ…小さめのキーホールダーでも2,000円前後、見るだけで失礼しました。外国人向け価格? 職人さんの技の結晶ですから仕方ないですかね。
鷲神社から真っ直ぐなら20分程ですが、合羽橋に立ち寄るなら30分ほどで矢先稲荷神社です。合羽橋の交差点の先、右手に案内の看板があるのを見逃さないように。
矢先稲荷神社 鳥居
ご祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 穀物神
ご神体は上野東叡山寛永寺の祖、慈眼(じげん)大師
(天海大僧正)の寄進
木造で翁の型をして稲を荷う 7寸8分 弘法大師作
福禄寿
白髪白髯、調和のとれた円満な福相最高理想のお姿
縁起・由緒:寛永十九年(1642)11月23日、家光公が京都「三十三間堂」を模した「浅草三十三間堂」を建立された際、その鎮守として創建。
京都に倣い「通し矢」が行われており、その的の先に鎮座した事から「矢先稲荷」と称された。
元禄十一年(1698)の火災で「浅草三十三間堂」は焼失し深川に移転。当社はそのまま残され、地域の鎮守となった。
浅草名所七福神 矢先稲荷神社
浅草三十三間堂があった頃の絵図
通し矢を射る的の先に矢先稲荷神社が鎮座しています。
この当時のまま残されているとしたら、鳥居の位置だけ変わっているのかもしれません。
今は鳥居をくぐって右手に拝殿がありましたので、この絵図で言えば、三十三間堂の塀の左手前角の左(馬が向かって行こうとしている箇所)に今の鳥居が立っている感じでしょうか。
周りがすっかり変わってしまっているので想像が難しいですが、目を閉じれば浅草三十三間堂が見えるようでした。
拝殿の天井絵は日本乗馬史をモチーフにした実に見事な100枚で、靴を脱ぎ拝殿に上がれば拝観可能です。今年は折角の午年ですので、拝観の予定でしたが、丁度ご祈祷がなされていたので、我々はあんみつ休憩を先にとり、後程再訪することにしました。
気になる松飾りの結び目
浅草に来てからあちこちで目にしてきて、元ガールスカウト的にずっと気になっているこの結び目。さる処に問い合せをしたのですが、残念乍ら今の処お返事は頂けておりません。
もしかしたら固く解けにくい結び方「男結び」の変形か飾り結びなのかもしれませんが、謎のままです。よ〜くみれば、自分でも結べそう? 縄結びには実用の美がありますね。

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