2009年09月30日

蛇の紋章

イタリア救急車のマーク
カドゥケウスの杖とヘビ
アスクレピオスヘビ
ヒギエイア(ハイジア)の杯 トレビの泉にも像あり
アルファロメオ社のマーク
スフォルツァ家の紋
WHOのマーク
The WHO emblem
WHO's emblem was chosen by the first World Health Assembly in 1948. The emblem consists of the United Nations symbol surmounted by a staff with a snake coiling round it. The staff with the snake has long been a symbol of medicine and the medical profession. It originates from the story of Aesculapius who was revered by the ancient Greeks as a god of healing and whose cult involved the use of snakes. (Aesculapius, incidentally, was so successful at saving lives that, the legend goes, Hades the god of the underworld complained about him to the supreme god Zeus who, fearing that the healer might make humans immortal, killed Aesculapius with a thunderbolt.)

へびつかい座

15世紀イタリア
http://homepage.mac.com/linstedt/linische/italia.html


  





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2009年09月24日

虹の輪を超えて

 帰国後、一足先にミラノの日記を書いてしまいましたが、ここで一日バック、成田〜ミラノの様子から思い起こして…。

   09-09italy.jpg
日本海を越えた頃、ケロロン、雲海の上に浮かぶ大きな虹の輪を発見!虹って上空から見ると真ん丸なのですね〜知りませんでした〜ぴかぴか(新しい)

…ということは、虹の橋の袂の下の宝物って永遠に見つからない?
いえいえ私たちは、虹の輪の向こうの宝物を探しに旅立ったのかも^^

<追記2009-09-25>
 後で落ち着いて考えてみたら、虹って上空から見えたからってその時地上からも同時に見えるというものではないような…? いい加減な思い付きで書いてしまってすみませんたらーっ(汗)) 

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             CIMG0926.JPG

 ユーラシア大陸の北部に広がる雄大な自然の景観に圧倒されつつ、
(残念ながら山脈の名前も川の名前も不明。調べたら分かるかな〜)
直行便は12時間程でイタリア・ミラノのマルペンサ空港へ到着。

 お得なツアーならではの郊外ホテルは『古い病院!?』と思われるような外観ながら内装はマァマァ…何時でも何処でも眠れる野人家族は、成田で仕入れた夜食を戴き、出の悪いシャワーを適当に工夫して浴び、スヤスヤとミラノの夜の眠りについたのでした。(つづく?)


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ラベル:イタリア
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2009年09月18日

無事戻りました^^

09-09italy 061.jpg

 ガッレリーア*・ヴィットーリオ・エマヌエーレU世
 ガラス屋根のアーケードに覆われた十字型商店街 
 の中央にあるドーム。「ミラノの応接間」とも称されるそうです。

    *ガッレーリア(Galleria)は英語のギャラリーに相当する言葉で、
     アーケードに覆われた回廊状の大型商店街を指します。
     「ヴィットーリオ・エマヌエーレU世アーケード街」って感じでしょうか。

 ガッレーリア(画廊)の名の通り、足元のモザイクも建物も天井画も彫刻もショップのショーウインドウも…隅々まで美で埋め尽くされています。

     09-09italy 060.jpg       09-09italy 054.jpg

 ドーム傍のマックでカプチーノ(1ユーロ=140円位)休憩(写真右)
 ちゃんとしたBAR(バール:日本の喫茶店に近いお店)では、銀座並みのお値段でしたので〜(^^;)

 携帯もデジカメも新しい物に変えたばかりで慣れておらず、山ほど撮影したものの写真サイズの設定が大き過ぎ、調節しないと上手くブログに載せられずに迷走中ですあせあせ(飛び散る汗)

 明日から又出掛けてしまうので、このバタバタがひと段落した頃に、旅の思い出話はポツリポツリとアップしていけたらと思っています。 



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2009年03月31日

ケロロンの卒業旅行

受験勉強から解放されたケロロン、春休み中よ〜く遊び歩きました。

        izu.JPG
        小〜中学校の友達との旅は伊豆
       早咲きの河津桜と海と金目鯛他の海の幸を味わい…
   (伊豆の旅は公開不能の写真だらけらしいのでこれだけ^^;)

        penguin.JPG
         高校のクラスの友との旅は
          北海道「旭山動物園」 
親と同じ大きさなのにモアモアの羽毛で可愛いのか微妙なペンギンの雛

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     故郷と同じ雪と氷の中でハイテンションな白熊

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        凛々しく美しい姿が雪に映える虎
    雪の中なのにキリンもとっても元気だったそうで、
    結構アフリカの動物も順応性が高いのですね。 


osakajo.JPGphoto (2).JPG
         高校の部活の友達との旅は大阪
快晴青空に聳える大阪城   ユニバーサル・スタジオ・ジャパン
                   (似非ネズミーランドだったそうな)

        tutenkaku.JPG    
           キラメク通天閣
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ビリケンさん    白鯛焼     たこ焼
 
大阪は思ったより普通で東京とあまり変わらず、軽快な大阪弁も
愉快な大阪人の生態なども殆ど経験できず期待外れだったと…。
「大阪のイメージ」ってマスコミが作り上げすぎ?

 ちっとも家にいなかったので、部屋も片付かず入学式の準備も
ままならず… 明後日からは大学入学前のオリエンテーションも
始まり、新生活へ向けての追い込みが大変そうですあせあせ(飛び散る汗)


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2009年03月22日

白い静寂

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   090315_111215_Ed_Ed_M.JPG

    暫し白い静寂にゆったりと包まれて参りました。
   戻ってきたら東京はむせるような春になっていて、
   「見るなの座敷」の「春」の襖を開けてしまったかと…

   そのバチが当たったか、ただの打撲と思っていた肩付近の
   骨にヒビが入っていたようで、花粉症のクシャミが響くこと
   ヒビクコト(><) もう暫く大人しくしています(。。;)


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2008年05月03日

スペイン雑記5「生きてる建築」

 アントニ・ガウディは幼少の頃から、自然の造形を深い洞察力でみつめており、生物から構想を得た有機的な曲線のデザインは、彼の建築群の大きな特徴として有名だ。 例えば、

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イボイボの突起に覆われたような尖塔は細長い巻貝のようであり、その内部の階段も、巻貝の内部の螺旋そのもののデザインである。

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 奥の建築中の部分の鉄骨群の無機質感に比べ、手前の柱は骨や関節筋肉、神経細胞、若しくは甲殻類の内部のようにも思える。

      spain08 045.jpg
 この天井部の作りを見ていると、どうも蟹が食べたくなってくる。 蟹の同体の部分を壊さずに蟹肉だけを取り去った時のあの感じだ。

      spain08 038.jpg
網状になった糸に小さな重りを沢山ぶら下げ、それにより描かれた形を上下反転したものが、垂直加重に対する自然な構造形態だという理論で建築を行ったと言われる。 これは多分それを再現した模型。(自由時間でガイドさんもおらず日本語表記もなかったので、正確なことは分からない。)

      spain08 034.jpg
 こちらも多分、ガウディの作った模型の再現展示。

   spain08 040.jpg   spain08 041.jpg
 生誕の門の二つの柱を支える「海亀」と「陸亀」 不変を表すとか。 亀が土台を支えている考えは蓬莱山と通じているようで、どこから構想と得たのか興味を惹かれた。

 この他にも「ガウディ・コード」とも言われる謎めいた彫刻が、よくみると随所に残されている。 有名な「林檎を咥えた蛇」「カメレオン」「かたつむり」「人面魚」「人面トカゲ?」「不思議な文字群」etc… 石で造られ無言で語り続ける壮大な物語だ。

 サグラダ・ファミリアを初めて映像で見た時、子供の頃浜辺で作った砂の城を思い浮かべた。 砂を海水でどろどろにして、『セメント〜!』と言いながら、握った拳の中から滴り落として作った塔にそっくりと
思った。

 有機的ということは必然的に生死を伴う。 サグラダ・ファミリアも永遠に崩壊と再生を繰り返しながら有り続けるのが、ガウディの描いた本来の姿なのかもしれない…と、また勝手な妄想に浸っている。


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2008年04月29日

スペイン雑記4「聖家族って?」

 空と大地の話ばかりでは、スペインのイメージが偏りすぎてしまう。

 スペインと言えば世界遺産。 その登録数は37で世界一を誇る。

 中でもバルセロナ・オリンピック以降、日本でも一躍有名になったのは、アントニオ・ガウディ(カタルーニャ名:アントニ・ガウディ)設計のサグラダ・ファミリア教会。
      spain08 043.jpg
 真っ青な空に映える生誕の門(ファザード)がバッチリ♪ 
 とシャッターを切った瞬間に屋上付バスが前に…(−−;)

 サグラダ・ファミリアとは、むろん秋田訛の「桜田さん一家」ではなく、英語ではSaint Famiy、日本語にすれば「聖家族」の意味となるカタルーニャ語である。

 先程から、しつこく「カタルーニャ語」と書いているが、バルセロナは、カタルーニャ州の州都であり、元々の州民は、

 「私達はスペイン人ではない。 カタルーニャ人だ。」

と今も胸を張り、カタルーニャ語を公用語として話しているとのことで、私も分かる範囲で敬意を表そうとしている。 (日本で一般的なカタロニアという表記は英語由来の発音らしい。)

 ところで「聖家族」とは、何を指すのだろう? キリスト教に馴染みの無い方々には、ピンと来ないかもしれないが、養父・聖ヨゼフ、聖母マリア、イエス・キリストの3人家族を表す。

 上の写真の4本の塔の前面中央にある彫刻は、イエス生誕を物語るもので、(記憶が正しければ)ステンドグラス上のアーチの上で手を挙げているのが聖ヨゼフ、その下にイエスを抱く聖母マリアの姿がある。

 この東面の部分を「生誕のファサード(門)」と呼ぶ。
   spain08 036.jpg

 このように、サグラダ・ファミリア全体が、イエスの生涯を物語っており、「石で造られた聖書」とも呼ばれる所以である。

 上の写真では切れてしまっているが、聖家族の向って右脇でハープを奏でている天使?像が、日本人主任彫刻家・外尾 悦郎さんの代表作とのガイドさんの弁。携帯付属カメラのズームでピンボケぎりぎりに迫ると…
      spain08 037.jpg
 うっとりするような天上からの調べが聞こえてくるようだ。

 この生誕物語の真裏の西面には、全く異なる現代的作風の彫刻で受難物語が描かれている「受難のファサード(門)」がある。
      spain08 039.jpg
 聖書物語をご存知の方には、どの部分が何を物語る彫刻かよくお分かりになり、感慨もひとしおのことと思う。 その脇には更に前衛的な彫刻群があったが、個人的にあまり好きになれず写真を撮らなかった。 ああ、やはり資料として撮れば良かった…ダメだなぁ) 

 また将来メインの入り口になる筈の南面が「栄光のファサード(門)」北面は「復活のファサード」建設中?そちらにまわらなかったので、良く分からないのが残念。 これら4面の塔付き門の中央には更に高い
尖塔が聳え、更に全体を覆う屋根が付くらしいが、まだまだ完成までにはあと20年はかかるらしい。 

 既に最初に作れらた部分は修復が必要になってきており、新しく作りながら修復もするという、どこかの国の道路のような永遠の建築現場になりそう?? しかも直下を通る地下鉄の計画があるとか…
 「こんな建築、地震が無いからできるんだよね〜」
と思って見ていたが、そんなことになったらどうなるのだろう??

<追記と訂正 2008/05/01>>
 どうも生来、東西南北と右左の感覚がイマイチで混乱していた部分を 訂正・加筆致しました。 まだおかしな部分がありましたら是非、教えて下さ〜い!


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2008年04月28日

スペイン雑記3「踊る葡萄の木」

     spain08 014.jpg

     スペインの葡萄畑を初めて見た時の衝撃は

          「ああっ、ピカソ!!」

     真っ赤な土の上に踊る真っ黒な葡萄の木のシルエット。
    高さこそ概ね揃えて剪定されているが、二つと同じ形はない。
    各々の個性が見事に主張され、様々に脈打ちながら生きている。

    spain08 016.jpg

spain08.jpg 車窓からの写真では小さくて分かり難いので
 頭の中に残ったイメージをスケッチ

 この太い幹の先から新芽を吹き、蔓を伸ばして
 地面を這っていく。 日本のような高い棚にも
 フランスのような垣根にも巻き付かせない。

 乾燥した大地を自らの蔓で覆い尽くし、地中の
 水分の蒸発を防ぐのだ。

 乾燥しているが故に、地上を這った蔓に実らせ
 ても腐ることなく収獲できるという。

  picasso1.jpg

 ブドウ畑で踊る木々を眺めていたら、ピカソの絵が浮かんで来た。
どんな画家の心の中にも、決して失われない故郷の風景が生き続けて
いるのだろう。


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スペイン雑記2「天と地と」

      spain08 004.jpg

        
                 「天と地と」
 
               赤茶けた平原を
               黒いアメーバが
              舐めるが如く這い進む
 
           それは空に浮かぶ真白な雲の影
          
             どこまでも平らな大地は
              天の姿を映して輝く
          


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ラベル:スペイン
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2008年04月27日

スペイン雑記1「赤い大地と地中海」

「赤い大地と地中海」

spain08 001.jpg あっという間にというか漸くというか、どうやら無事にスペインから戻って参りました。  

 あまりにも短期間にあまりにも多くのものを見聞きしてしまったので、頭の中がごった煮の沸騰中…とても

  「○月□日 何処何処へ行きました。」

等と時系列正しく纏められそうになく、せめて思いつくままのスペイン雑記のようなものを書き残してみようかと思います。

     *   *   *


 写真の左側はスペイン北東部の海岸線・右側は地中海。 
 バルセロナ空港への着陸待ちの為、同じ所を旋回してくれたお蔭で一度撮り損なった場面を思い通りの構図で撮ることができた。 ラッキー♪何だか幸先いい感じ。

 スペインの土は赤い、最近日本でも流行のあの明るめの煉瓦の色。
この明るい色彩に憧れて取り入れたくなる気持は私にもよく分かる。しかし、その土地の色だからこそ、建物に用いても自然に風景に馴染んで美しいのだと思う。 

 穏やかなエメラルドグリーンの地中海も今や汚染が進んでいると後で耳にしたが、この時はそんなことは少しも感じず、ただただ赤い大地と青緑の海の対比に、何て美しいのだろうと見惚れるばかりだった。


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ラベル:スペイン 地中海
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2008年01月04日

大甕倭文神社

大甕倭文神社(おおみかわぶんしづ*じんじゃ)

  08-1 006.jpg
拝殿は海を臨む為か谷に面しており、前が狭くて窮屈な写真でお許しを

  08-1 004.jpg   08-1 001.jpg
狛犬さんは荒ぶる神の姿を髣髴させるようながっしり厳つい雰囲気です

  08-1 005.jpg
 立派なお神輿も倉が解放されており拝観することができました。
 六角形というのが変わっていますね。 甕=亀なんて妄想がまた…

ご祭神: 武葉槌命(たけはづちのみこと)

以下『大甕倭文神宮縁起』より抜粋してまとめました。

 天照大御神が天孫・瓊瓊岐尊(ににぎのみこと)を豊葦原中津国(とよあしはらなかつくに)に降臨させるに当り、鹿島・香取の二武神を遣わし、国津神・荒ぶる神々(元々その地を治めていた神々)を平定させようとしました。 

 武神の誉高き二神は国津神、荒ぶる神々をはじめ草木石類に至るまで平定しましたが、常陸国の悪神・天津甕星(またの名を天香々背男・あまのかがせお)は、大甕上に陣取り東国地方の陸地はおろか海上にまで一大勢力をもっており、さすがの鹿島・香取の神もこの勇猛なる大勢力の前に為す術がありませんでした。

 その時この二武神に代り甕星・香々背男討伐の任を受けられたのが、当社の御祭神「武葉槌命・たけはづちのみこと」でありました。武葉槌命は、武神としては勿論、知恵の神としても優れておいでになり、(織物を始めとする組織的な産業を最初に起された神)知恵を駆使した巧な戦略の前に甕星・香々背男の一大勢力も遂に屈しました。

 数ある伝説の一つでは、武葉槌命が大甕山にて甕星・香々背男の変じたる巨石を蹴ったところ割れて、
・海中に落ち「おんねさま」「神磯」と呼ばれる磯  大洗の神磯?
・石神  東海村石神  石神社 
・石塚  常北町石塚  風隼神社
・石井  笠間市石井  石井神社
に飛んだと伝えられています。
(上記三社については、HP「神奈備にようこそ」の中のhttp://kamnavi.jp/en/higasi/oomika.htm の頁を参照致しました。) 

 また現在の大甕神社の神域を成しております「宿魂石」は、甕星・香々背男の荒魂を封じ込めた石であるとも伝えられています。

 甕星・香々背男の勢力を打ち払われた武葉槌命は、此の大甕の地に留り命の優れた知恵の産物である製塩の術・織物の術をはじめ様々な生活の術を常陸地方は無論のこと、東日本の一帯に広められ人々の生活の向上に貫献されました。 武菓槌命は「おだて山」即ち美しい山と人々から敬愛の念を持って呼ばれる大甕山上に葬られていると伝えられております。


        *     *     *     *
 
 このように縁起には「悪神」と記されている天津甕星・天香々背男ですが、これは平定する側からのとらえ方であり、地元では領民に慕われたよき神(治者)であったと伝わっています。 天孫族の傘下に入ることを最後まで拒み続けた地元の大きな武力をも持った治者であったのではないでしょうか。 勿論、平定後を治められた武葉槌命が偉大な神であられたことは間違いなく、どちらにしても豊かな土地で産業も栄え、平和な世を得られた領民は幸せだったことでしょう。

 ただ、心の中では天津甕星・天香々背男への畏敬と敬慕の心が生き続けていたのではないかと、この境内に立ちひしひしと思われました。 ご祭神はあくまでも平定を遂げられた武葉槌命ですが、天津甕星・天香々背男を鎮め奉る気持が強く伝わって来るのです。

 今回は山上の本殿まで詣でることが出来ませんでしたが、次回は必ず「宿魂石」を拝み、天津甕星・天香々背男ともっとお話がしたいと思います。

    08-1 007.jpg
 境内に奉納されていた船の錨です。 最初に目にしたときは、
「ああ、海の近くの神社らしい! 珍しいなぁ」
と感動しただけでしたが、後にふと心に浮かんで来た言葉にハッと
しました。

 「錨=怒り を 治める」

 この錨についての縁起等は探した範囲では見当たりませんでしたが、
やはり…そうなのでしょうか?


<追記 2008-01-21>
 「久慈町の娘」さんより、コメントにてご教示戴けましたので、

  倭文(×わぶん → ○しづ) に

  訂正致します。 このような嬉しい交流があると本当に
  ブログを書いていて良かった〜♪と思います。
  久慈町の娘さん、ありがとうございました。 <( _ _ )> 


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ラベル:神社 常陸 茨城
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2007年08月14日

大洗磯前神社

 お盆参りの帰りに大洗の海沿いに宿をとりました。
翌朝、日の出を拝んでから、浜に面するこんもりとした山の中に鎮座
する大洗磯前(いそさき)神社へ参拝致しました。

「大洗磯前神社」公式HP http://oarai-isosakijinja.or.jp/

  御祭神 大己貴命(おほなむちのみこと)
        少彦名命(すくなひこなのみこと)


  常陸国上言 鹿嶋郡大洗磯前有神新降 初郡民有煮海為塩者
  夜半望海 光耀属天 明日有両怪石 見在水次 高各尺許
  体於神造 非人間石 塩翁私異之去 後一日 亦有廿餘小石
  在向石左右 似若侍坐 彩色非常 或形像沙門 唯無耳目 
  時神憑人云 我是大奈母知少比古奈命也 昔造此国訖 
  去徃東海 今為済民 更亦来帰
  
       *         *         * 

   常陸国の言い伝えによれば、或る日鹿島郡の大洗の磯前に、  見たこともない神様が表れたという。 初郡に海水を煮て  塩を作る者がおった。 その者が夜半海を眺めていると天に光輝くものがあった。 

   翌朝波打ち際に二つの奇怪な石があった。 高さは一尺程だった。 それは人間ではなくさながら神様のお姿のようであった。 この塩翁の驚きの体験のあったさらに次の日には、20余りの小石が2つの奇怪な石の左右に恰も侍坐するように現われた。 奇怪な石たちは鮮やかに彩られ、目や耳は無く沙門(修行僧?)のようなお姿をしていた。

   その時、神様は人に憑依して、
  「わたしたちは、大奈母知(おほなもち)・少比古奈命(すくなひこなのみこと)である。 昔、この国を造り終えて、一旦東の海(常世の國?)に去ったが、今人々を救うためにここに再び帰り来る」
   と告げた。  (山桜・訳)

    「文徳実録」(856年/斉衡三年)十二月 戊戌の条

          (上記黒字部分、追記訂正 2007-08-24)
         
     ? 123.jpg
               大洗海岸の日の出

   ? 116.jpg
        水平線が丸く見えるほど開けた大海原  
   ? 115.jpg
    ご祭神二柱の神様が現れたという海中の岩に立つ「神磯の鳥居」

     あらいその岩にくだけて散る月を

             一つになしてかへる月かな 


 こちらを訪れた時、水戸黄門光圀公が詠まれたお歌です。

 この鳥居の真正面から昇る日の出を、好天に恵まれて迎えるのは、下調べをしてもなかなか難しそうですね。
    
     ? 132.jpg
 神磯の鳥居を背にして階段を上り、道路を渡ると大きな二の鳥居。
この左手の県道を跨いで立つ大鳥居(15.6m)が一の鳥居です。 嘗てはそこからが境内であったのだそうです。

    ? 121.jpg ? 122.jpg
二の鳥居下の狛犬さんは、荒磯の海風に洗われてか、風化著しくも温和な表情で出迎えてくれました。 参拝者が積み置いたのか足許にはたくさんの小石が…

          ? 119.jpg
一礼して二の鳥居をくぐると、長い急な階段が伸びています。
足腰に自身の無い方は、こちらを登らずに、一の鳥居横の緩やかな参道を上ってこられるようです。

      ? 130.jpg ? 131.jpg
     階段を上りきると神門の手前にはスマートな陶器の狛犬さん

     ? 129.jpg
幽黙さんの真似をして彫刻にも注目してみました。
波と生物の彫刻は良く見かけますが、さすが荒磯に向って立つ神社の波の彫刻は荒々しい迫力があります。 波間から顔を覗かせているお魚がちょっと可愛らしい^^

   ? 117.jpg
 拝殿です。 現在彩色の復元?中のようで、正面の一部だけ鮮やかに彩られていました。

     ? 126.jpg
 何だか雰囲気が随分異なりますね。 東照宮みたいになるのでしょうか?

     ? 125.jpg
 以前は拝殿の両側に狛犬のように対で置かれていた蛙が、今回は3匹になって並んでいました。 きっと奉納蛙が増えたのですね。

 そういえば、前日の美しい夕焼け空にガマ蛙の形の筑波山が綺麗に浮かんでいました。 茨城の人は将門公の眷属でもあるガマ蛙に愛着を持っているようですね。

     ? 124.jpg
     本殿(向って左から) 美しい屋根の造形

     ? 128.jpg
     本殿(向って右から) 
     大きな屋根に比べて少し華奢に思える建物部の調和には
     どこか優雅な美しさがあります。 

     大きな屋根は オホナムチノ命、
     小さな建物は スクナヒコナノ命、
     などと思わず想像してしまいました。

 一つの山を成す広い境内には摂社末社も数多く、それぞれに手厚く大切に祭られていました。 境内のお掃除の箒目も清々しく、大変気持の良い神社でした。 ご縁に感謝申し上げます。

 次は対で祀られているという「酒列(さかつら)磯前神社」(少彦名命が主祭神)にも是非、参拝したいと思います。 
                        (2007-08-23 投稿 08-24 一部加筆訂正)
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2007年03月30日

弥生の鎌倉

 週末、鎌倉へ行って参りました。
例によっての引率で、なかなか思うような写真は撮れませんでしたが、
春弥生の鎌倉を少しだけご案内致します。

 北鎌倉の駅で降り、円覚寺の入り口で思いがけず素敵な方の
お出迎えを受け、あまり観光客が立ち入らない塔頭へ案内して
戴くことができました。 これはそこから見渡せる風景です。
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 雨に洗われた新緑と茅葺屋根。 急に強まった日差しで温め
られた茅葺屋根からは白い靄が立ち上り、渦を巻いて空に吸い
込まれてゆきました。 1年生の女の子はこの屋根を見て、
 「ピラミッド!」
と嬉しそうに指差しておりました。
 この後、鎌倉には何故やぐら(洞窟)墓が多いのか、盗まれて
しまった五輪塔のことなど、実際にその場を見ながらのお話を
伺うことが出来、(どなたがいらして下さったか、もうお分かり
の方も多いですね^^)柔らかな子供の頭にはとても印象的だった
ようです。 すっかり五輪塔を覚えてしまい、五輪塔を見る度に
「これはあそこから盗まれたものかな?」
と言うのには困りましたが…(苦笑) 

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  境内の縁台で、お茶と美しい春のお菓子のおもてなしを頂戴
 致しました。 勿体無いお心づくしをありがとうございました。
  ここでかの先生とはお別れ、きっと「鎌倉の窓」を更新される
 べく素敵なお写真を撮りにいかれたのではないでしょうか…。
  
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 秋に訪れた時、改装中だった佛日庵では、お茶室「烟足軒」も
すっかり綺麗になって、春の日差しを受けていました。

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 この洋館は旧前田侯爵邸「鎌倉文学館」です。 鎌倉ゆかりの
文学者、川端康成・大佛次郎・夏目漱石・芥川龍之介・与謝野晶子・
泉鏡花らの(縁の文学書は300人を越えるそうです)直筆原稿
や手紙・愛用品などを収集保存、展示しています。

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       館内のステンドグラス          バルコニー下の
                           小鳥が作ったつぼつぼ?

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    花のお寺「光則寺」の樹齢150年?超の花海棠 
    こんなに大きな花海棠は初めてみました。

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            貝母(バイモ) 

 光則寺では、四季折々の野草と茶花の名前と場所、その盛りの
時期ががぎっしりと書き込まれた案内図を戴きました。 これ程
あると教えられては、他の季節にも是非訪れなくては!
夏目漱石の大学時代の友人の別荘が近くにあったので、度々漱石が
訪れていたお寺なのだそうです。
  
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 明くる日の鶴岡八幡宮境内では、二組の国際結婚カップルの
門出に巡り合いました。 ご結婚おめでとうございます!
花嫁さんの白無垢姿を見慣れない子供達は、
 「あのオレンジの人がお嫁さん?」
と大きな声で言うので、赤面しました。 
成る程、綺麗なかんざしもつけていてお姫様みたいですものね…
花嫁さん、ごめんなさいね。 とてもお綺麗でしたよ^^

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2007年03月25日

能登の思い出(2)

 間断無く連続して頭からお湯をかけられるとどうなるか?
私はそれをAちゃんによって逆体験させて貰った。 間断無くと言っても、向こうがお湯を掬っている隙にサッと息ぐらいできるじゃないかと思われるかもしれないが、髪の毛を伝って滴るお湯というものはかなり粘っこいもので、うっかり息などしようものなら一緒にお湯も吸い込んでしまう。 ずっと長い間息を止めていた末に、お湯を吸い込んで咽ればどんな悲惨なことになるか、ああ、書いていて息苦しくなって来た。 皆さんはくれぐれも興味本位に真似をなさいませんように…。

 お寺のお風呂であわや窒息!という経験をして興奮気味の私達を迎えたのは、怪しげな一対の屏風の前に敷かれた2組の布団だった。既に他には一切の人の気配も無い。 その屏風の後には、何様が鎮座ましましておいでだったのだろう? 今となっては知る由もない。 しかし多分、屏風無しでは若い二人の女の子が眠ることも出来ないようなものが控えていたのは、間違いない?

 闇夜のサイクリングと風呂騒動でぐったりした私達は、今思えば意味深な屏風のことなど気にもせず、たちまち眠りに落ちた。それから何時間位たったろう…ふと、じっとりとした息苦しさを覚えて私は目を開けた。 が、体が動かない。 金縛り!? これが噂に聞く金縛りというものなのか! 半ばパニック状態になりながら、動かせる眼を頼りに辺りを見回すと…猫!猫!猫!猫!猫!! 

 白やら黒やら三毛やら、一体全体どこからこれだけの猫が集まって来たのか!?と思うほど沢山の猫が私達の布団の上に乗っていた。 布団の上だけでなく、回り中何匹もの猫に囲まれていた。
「Aちゃん! Aちゃん!!」
隣で眠る友を必死に起こそうとするが、口がパクパクするだけでちっとも声にならない。 屏風の前の白猫が大きな欠伸をしてニヤと笑った。 私は急に脱力して、その後の記憶が無い。

 布団を上げた記憶も朝食を戴いた記憶も無い。 あるのは、
 「すごく重たいお布団だったね〜 何だか肩が凝ったよ!」
と言う、友の言葉だけ。
 「そりゃぁね、重いよ、あれだけ乗っかってれば…。」
猫のことをAちゃんに教えたが、同じ様に夜中に目覚めたAちゃんは猫など一匹も見なかったと言う。 

 いや私は確かに猫に出会った。 記憶を消されているのが何よりの証拠である(笑)。 あの後、私は猫の世界へ招待されたのだろうか? 私の体のどこかには、猫の世界の何かが埋め込まれているのだろうか? 私は今でも月明かりの下の自分の影を見るのが、少し怖い。               (おわり)
 
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能登の思い出(1)

 平成19年3月25日9時42分、能登半島が震度6強の地震に襲われました。 私に沢山の思い出を下さった、愛する能登半島の被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。 私も出来るだけの援助をする積りでおります。 どうか少しでも早く皆さまに平穏な日々が戻りますように…。

           *     *     * 

 あれは入社前、学生最後の春、秘境好き?の友達と二人で能登を旅した。 

 私は唯一の自慢だが運動神経だけは良かったのである。 自転車もすぐに乗れた…が初ライディングの時、勢いあまってカーブで電柱に激突した。 口から血が流れ落ちた。 以来、自転車に乗る気が失せてしまった。 叔父の自転車の後に乗っていて足を巻き込まれたこともあるので、後に乗るのも怖い。 

 その頃住んでいたのは便利な土地だったし、足も早かったので特に不便はなかった。 友達の自転車について走り続けたので、足は益々鍛えられた。 今でもその恩恵に浴している。 後で何が役に立つかは本当に分からない。

 そんな私が二人乗りのレンタサイクルの後に乗せられて、能登を巡ったのだ。 申し訳ないけれど『大丈夫だよ!』という友の見積もりは甘かった。

 田舎の道は、アスファルトの補修を重ねてか蒲鉾型に盛り上がっていることがある。 縁がストンと落ちているのだ。 私達はそこに車輪を取られた。 原因は勿論私である。 ズルッと自転車ごと側溝に落ちて車道側に倒れた私の髪の毛の上をトラックが通り過ぎた。 まさに髪一重だった。 生きてて…良かった。 トラックの運転手さん、多分気付いてなかったと思うが、ごめんなさい。

 その後も遅々として進まない自転車、原因は勿論私である。 美しい岬の景観を染め上げて暮れていく夕日。 しかしその後には深い闇が待っていた。 予約していたお寺のユースホステルまで後何キロあるのかも、道が正しいのかも分からなくなった。 口数も減り、聞こえるのは、黙々とこぐペダルの軋みと息づかいの音…。 

 遠くに赤い小さな灯火が見えた。 交番!ではなく、駐在所だった。 「駐在所」というローカルな響きがあたたかで嬉しかった。 が、駐在さんは留守だった。 肝心な時にいないのが駐在さん、それ以来その勝手なイメージが私の中で出来上がった。 たまたまその時居られなかった駐在さん、ごめんなさい。

 次に見えたのは青白い電話ボックスの灯り。 やっと見つけた公衆電話からお寺に電話すると、連絡が遅い!と怒られた。 本当に申し訳ない、悪いのは私達。 でもこれは不測の事態、お寺の方には、もう少し優しい慈悲深い言葉を期待していた。

 ああ、もう晩御飯は出せないとは、あまりなお言葉! 丁度その時、どこからかチャルメラの響きが… 
 「Aちゃん、夜鳴きラーメン食べちゃおうよ!」
 「ダメだよBちゃん、そんなの追いかけたら迷子になるよ!」
最もである、友が正しい。 冷静な友を持って良かった。

 頭の中は温かいラーメンの妄想でいっぱいに…その温もりでなんとか走りぬくことが出来たのかもしれない。 あの時のチャルメラおじさん、顔も知らない貴方だけど、ありがとう。

 やっとの思いでお寺のユースに辿り着くと、さっきの電話に出た人とは絶対に違う和尚さん?が優しく出迎えて下さった。 もう夕飯はキャンセルされてしまったのに、巨大な炊飯ジャーの中に入れてあった白と緑の大きな葬式饅頭?を一つずつ、
 「ほうれ、これで良ければお食べ」
と、分けて下さった。 

 誰もいなくなった畳の上にビニール敷きの食堂で、抜けそうになった敷物の鋲留めを押し込みながら、ご飯粒がついたままのほかほかのお饅頭を戴いたご恩は、終生忘れない。

 その後、シャワーの無いお風呂に生まれて初めて入った。シャンプーを洗い流すのに、順番に手桶でお湯を汲んで掛け合った。 私は親切心から、必死に途切れることなく友の頭にお湯をかけ続けたのだが、ふと気付くと友は必死に手を振って私を制している。

 「息ができないよっ! もう、Bちゃんに殺されるところだった!」

 友よ許し給え。 私はあの日、貴女を2度あの世へ送りかけました。

(続く)


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2005年11月25日

初めてのオフ会@

和菓子 初霜.jpg  東慶寺 山門.jpg
 「初霜」(でんのうさん撮影)    東慶寺 山門(鎌倉とんぼさん撮影)

 今日は、いつの間にか居心地が良くて常駐するようになったサイトのオフ会が
鎌倉の地で開催された。ネットを通じて何人かの友達が出来、実際に会ってお話する
ようにもなれたが、オフ会と言うものに参加するのは、これが初めての経験だった。

 常日頃の書き込みからみて、いずれ劣らぬ博識と経験の持ち主がずらりとご臨席と
あって、前日から失礼の無いように、遅刻だけはすまいと極度の緊張状態に・・・(笑)

 当日朝、予定の電車に乗れてホッとしたのも束の間、乗換駅に近づくにつれ鈍重な
走りに・・・そしてとうとう停止。結局10分弱の遅れとなり乗継は絶望的・・・ところが、
どういう訳か乗る予定の電車の発車も遅れており、滑り込みセーフ!
幸先良いのか悪いのか、結果オーライのまるで私の人生の縮図のよう?

 待ち合わせ駅は、平日と言うのに休日かと見まごう如き賑わいで、臨時改札口まで
開いていた。紅葉のシーズンで日和も良かったこともあろうが、やはり中高年の
占める人口比率が大きいことを改めて実感。この年齢層が主流の世の中が確実に
始まっている。どうか円熟した人々による円熟した文化が花開いていくように・・・。
私も既に片足?入った身で、責任は大きい。

 さて、待ち合わせ場所に到着。 皆さんは何処に・・・? 
嗚呼、鎌倉の先生! ひときわ輝くオーラで勿体無くもお出迎え戴き身の縮む思い。
そしてもうひと方、長身の青年が辻説法の修行僧のようにすくっと姿勢良く、
そしてにこやかに立っておいでだった。

 早起きは何とやら、朝組の私達二名は、鎌倉先生に美味しいお茶とお菓子を
ご馳走になった。 先ずは「初霜」と言う名も姿も実も美しいお菓子。
季節を耳目舌で味わった後、心を込めて点てて下さったお薄を戴き夢心地。
もうここで帰ったとしても良い位幸せなひと時だった。

 幸福な余韻に浸りつつ、先ず案内して戴いたのは東慶寺。
あれ程賑わっていた人々も流石に分散し、ほどほどの加減になっていた。
葺き替えられたばかりの黄金色の山門に続く階段の両脇には、可憐な竜胆が
三々五々、清楚な青い壷のような花に木漏れ日を受けて静かに揺れていた。

 箒の目を立てて掃き清められたお庭は、敷石を踏み外すのも憚られるよう。
鎌倉先生にお茶室に纏わる話を伺いながら歩んだ先は松ヶ岡宝蔵。
重要文化財の「初音蒔絵火取母(あこた形香炉)」「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱」などを拝見。
優しい慈愛に満ちた面差しの仏様とも暫しお話することができた。

 最後に「坐禅」という題だったか、悟りを開こうと坐禅を組んで居並ぶ面々が
全て魑魅魍魎妖怪鬼畜という絵巻物を拝見しつつ、本当に大変失礼なことながら、
本日これからお会いするであろう方々と自分の姿が重ねあわされて、一人笑いを
かみ殺していたことにご両人は気付かれたであろうか?

 宝蔵を出て少し先の頭上には「十月桜」、そして右手の岩肌には「岩タバコ」の群落。
逆転した季節に咲く花、厳しい岩肌に住処を定めそこ以外では生きていけない植物。
植物も人間も不思議な天地の理の中に生きている。
 
 その先は普通の人々があまり踏み込むことのない、しかし重要な遺蹟である墓所。
鎌倉先生とご一緒であればこそ、このような所もじっくりと見せて戴くことができた。

 お昼近くになり、後発組のお二方と合流。またしても、ネットがなければ私など、
一生接点のある筈もなかったような大変な方々との対面に(小泉チルドレンの常套句
の引用ではないが)身の引き締まる思いでカチカチの私。そんな私を天にも届くような
朗らかな高らかなお声で迎え、また優しいお言葉をかけて下さり、ありがたさで胸が
いっぱいに・・・。 気難しい怖いお方だったらどうしようという思いも杞憂に終わり
俄然肩が軽くなった。 

 とんびがピーヒョロローと空に円を描いて高く飛び去った。     (つづく)

 
ラベル:東慶寺 鎌倉
posted by 山桜 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅歩き・町歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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