2014年12月22日

朔旦冬至

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平成26年(2014年)12月22日はほぼ19年に一度のおめでたい日とされる「朔旦冬至」。  旧暦の11月1日と冬至が一致する日です。

「冬至」: 太陽の南中高度が最も低く、昼が最も短い日(北半球)

 「朔」: 一日(ついたち) 漢字は月が元に戻るの意

 「旦」: 朝、夜明け   漢字は朝日が昇る象形

 旧暦では冬至が暦の起点(冬至の日を含む新月〜新月前日を11月とする)でしたが、毎年その日を計算して暦を作らねばならなかったので、1日と冬至がピッタリと重なるということは、とてもすっきりとして気持ちがよかったのでしょうね。 数字的にも1が三つ並んでますし^^

 伊勢神宮の式年遷宮が20年に一度なのも、朔旦冬至と関連があるのでは?という説もあるそうです。

 12月の暦をめくり目にした「朔旦冬至」について検索中、以前お世話になっていながら連絡先も分からなくなっていた方のことをふと思い出し気になっていたら、思いがけない出来事から消息が分かって驚きました。 ご縁とは複雑に絡み合っていたかと思うとふっと解けて繋がる・・・不思議なものですね。

 冬至関連の記事も公開し直しました。 下のタグの「冬至」からも飛べます。

 「朔旦冬至」について、「こよみのぺーじ(byかわうそ@暦さん)」の「朔旦冬至」の記事が詳しいです。
http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/201310120.htm
タグ:冬至
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2011年04月08日

桃の節供

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 庭の桃の木から戴いてきた小枝の蕾が、外よりも一足早く、健気にも旧暦の「桃の節供」の日(今年は4月5日)に合わせて咲いてくれました。 

 桜の花には、人の寿命を齎したという神話もありますし、どこか魂を持っていかれるような怖さを感じることもありますが、それに比べて桃の花の愛らしく無邪気なことといったらどうでしょう! お花もふっくらと愛らしければ、その実も赤ちゃんのお尻のように無垢な愛おしさです。

 こんなに可愛い桃なのに、鬼門に植えられ邪鬼を祓う力を秘めていると言われています。 黄泉の国へイザナミ命を迎えに行ったイザナギ命が、追っ手を追い払うのに投げつけたともの桃の実、鬼が島の鬼をやっつけたのも「桃」太郎。

 思えば、「邪」「鬼」に勝つのは、「無邪気」なのかもしれません。
  
タグ:節供 鬼門
posted by 山桜 at 14:46| Comment(6) | TrackBack(0) | 祖先からの伝言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

やまと(と)と(ひ)ももそひめのみこと

 前述「桃と巳」で登場した、箸墓古墳に眠る卑弥呼のモデルの一人とされる倭迹迹日百襲媛命。 この時代の名は読んで字の如くと分かりやすいものと、この媛命の名ように何を表しているのか、ピンと来ないものがある。

 古事記では、 夜麻登登母母曾毘売命(やまととももそ)ヒメノミコト
 日本書紀では、倭迹迹日百襲媛命  (やまとととひももそ)ヒメノミコト 

同じ名のようでいて、微妙に違う。

先ず、夜麻登=倭=やまと 母母曾=百襲=ももそ だとすると
真ん中に残る 「と」と「ととひ」は随分違う。

 
  

<参考>

古事記の表記  夜麻登登母母曾毘売命
日本書紀の表記 倭迹迹日百襲媛命

孝霊天皇の皇女。 

日本書紀では、母は倭国香媛(やまとのくにかひめ) 
同母兄弟には、倭迹迹稚屋姫命(やまとととわかやひめのみこと)
       彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)
異母(皇后細媛命)兄弟には、孝元天皇(大日本根子彦国索天皇)
異母(はえ某弟) 兄弟には、彦狭島命(ひこさしまのみこと)
             稚武彦命(わかたけひこのみこと)    

古事記では、母は意富夜麻登玖邇阿礼比売命
        (おほやまとくにあれひめのみこと)
同母兄弟に、日子刺肩別命
      (ひこさしかたわけのみこと)
      比古伊佐勢理毘古命(大吉備津日子命)
      (ひこいさせりびこのみこと)
      倭飛羽矢若屋比売
      (やまととびはやわかやひめ)

異母(皇后細比売命)兄弟には、大倭根子日子国玖琉命
              (おおやまとねこひこくにくるのみこと)
異母(千々速真若比売)兄弟には、千々速比売命
異母(蠅伊呂木予)兄弟には、日子さめ間命
             若日子建吉備津日子命

      





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2010年04月16日

桃と巳

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 今年の4月16日は旧暦の三月三日「上巳の節句=雛祭=桃の節句」です。 新暦3月3日「雛祭」の月遅れとなる、4月3日に咲き始めた桃の花が今もまだ綺麗に咲いています。 

 季節は先取りを良しとするというものの、新暦の3月3日では、桃はおろか桜の花さえ咲いていません。 梅雨の最中の七夕・星祭と並んで季節に合わなくなっているお節句です。 我が家では折角の可愛らしい庭の桃の花の咲く頃、月遅れか旧暦か丁度いい頃にお祝いすることにしています。

 上巳とは、三月の上旬の「巳」の日、の意味で、元々は三月の上巳の日に行われた川での禊祓いの行事でした。 (後に中国で重三の節句として三日に固定。) 日本では、まだ寒い時期だからでしょうか、実際に人間が川に入って禊祓いをするのではなく、川に人形代(ひとかたしろ)を流して厄を祓う行事となりました。

 さて、「桃」と「巳=蛇」と揃った所で、もう一つの大物主神の正体が知られる物語をご紹介します。


 崇神天皇の姑(おば)である倭迹迹日百襲姫(やまとととび(ひ)ももそひめ)は、聡明な方で神懸りとなり物事を予知されることもあり、やがて大物主神の妻となった。

 けれども大神は昼は来ず夜になるとやって来るので姫は、

 「貴方はいつも昼はおいでにならず、お顔を拝見できません。
  どうかもう暫く留まって下さい。
  朝になればその麗しいお姿を拝見できるでしょうから…」

と願ったので、大神は答えて仰った。

 「もっともなことである。 
  明日の朝、貴女の櫛函に入っていよう。
  どうか私の姿を見ても驚かないように。」

 姫は妙なことと思いつつ、朝になり櫛函を開けてみると、真に麗しい小蛇(こおろち)が入っていた。 その長さは衣紐ほどであった。

 姫は大神と約束していたのに、小蛇の姿に驚き叫び声をあげた。
すると大神は恥じて忽ち人の形となり、

 「おまえは我慢できずに、私に恥をかかせた。
  今度は私がお前に恥かしいめをさせよう。」

といい大空を踏んで御諸山(三輪山)に登ってしまわれた。

 やまと・ととび・ももそ姫が三輪山を仰ぎ見て悔い、どすんとその場に座り込んだその時、箸でホト(陰部)を撞いて死んでしまわれた。 それで太市に葬った。 その墓を名づけて「箸墓」という。

 その墓は、昼は人が造り、夜は神が造った。

 大坂山の石を運んで造った。 山から墓に至るまで、人民が連なって手渡しにして運んだ。 ときの人は歌っていった。

 オオサカニ ツギノボレル イシムラヲ 
              タゴシニコサバ コシガテムカモ 

日本書紀 巻第五 
崇神(しうじん/すじん)天皇 
御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらみこと)」
より


 いかがでしょうか…。 不思議がいっぱいつまったお話で、あれやこれやと想像が膨らみますね〜♪ 「名前こそが最初の呪=祈りである」といいますが、もうお名前からして謎がいっぱい! 最後の「箸でホトを撞いて…」の段がなければ、もっと広く親しまれるお話になったのかもしれませんが、なんといっても、そこが肝ですから無くす訳には参りません。 そして「箸墓古墳」は今もそこであろうという古墳がちゃんと残っているのです。 太古のロマンは今も続いています。

 因みにこの倭迹迹日百襲姫のお話には弟(兄?)の吉備津彦命の武勇伝が絡みます。 ご存知の方も多いと思いますが、この吉備津彦命は「桃太郎」のモデルとされています。「桃」や「キビ団子」などキーワードが繋がりますね。 

           

 上: 我が家の枝垂桃(照手水蜜)
 下: ご近所の濃い八重咲きの花桃
  
posted by 山桜 at 23:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 祖先からの伝言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

夏越の大祓

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 年越と夏越、年に2度、私たちには用心して越えねばならぬ大きな関門(これを「瀬」と表現したのが「年の瀬」)があります。 半年分のつもり積もった穢れを祓い、平穏無事に越えられますようにと、6月の晦日に夏越の大祓の神事はあります。

 年越には神社へ詣でる人がまだまだ大勢いらっしゃいますけれど、夏越の大祓はそれに比べると特に関東ではかなり少ないように思えます。今のように冷暖房が行き届いた家に住んでいても、やはりこの時期(特に旧暦に換算すると)は、寒さ暑さのピークで体調も崩しやすい頃に当たります。 今年の後半のスタートに向けて、気持を引き締める為にも、廃れさせたくない神事と思います。

 大掃除!とまではとても手が回らず中掃除ほどでしたが、普段より少し丁寧に掃除をすませ、今年は勧請元の神社ではなく地元の鎮守さまへお参りしてから、湖に向って深呼吸をくり返し己の中に溜まった穢れを吐き出し清々しい気を胸いっぱいに吸い込んた後、再び神社に詣で大祓詞を奏上してまいりました。 

 大祓詞の中のひとつひとつの言の葉すべてに神様が宿り、音霊として直接身体の細胞を生き返らせてくれるような不思議な感覚に満たされます。 特に速川の瀬に坐す瀬織津比□羊(姫)さまのお名前を口にすると、勢い良く渓流を走る水飛沫やの音を感じ、体の中から浄化されるような気持がいたします。 ありがたいことです。
posted by 山桜 at 23:59| Comment(16) | TrackBack(0) | 祖先からの伝言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

八月一日さん

  さて今日は8月1日、皆さんよくご存知の難読苗字の一つに、

  「八月一日(ほづみ)」 (初稲穂を摘む時期であることから)

さんがありますね。 それに因み面白い読みの名前を集めてみました。
(先日の「零余子(ムカゴ)」の件で調べ出してから、脱線してます。)
最近、この手のクイズ番組も多いので、読める方多いでしょうね^^

 一      ニノマエ (2の前)
 二      シタナガ (下の画が上の画より長い)
 三五月   モチヅキ (3×5=15 十五夜月=望月)
 十七夜月 カノウ  (十七夜月は願いを叶えてくれる)
 四月一日 ワタヌキ (衣服から綿を抜く季節)
 九      イチジク (一文字で九)
 九十九   ツクモ  (次ぐ百)
 百々    ドド   (幾百にも流れ落ちる川の流れの擬音から?)
 一口    イモアライ(一つの出口に殺到する様が芋洗い・他諸説有)
 空      キノシタ (空=くう くの字はきの字の下)
 鴨脚    イチョウ (鴨の脚の形は公孫樹の葉に似ている)
 月見里   ヤマナシ (山が無いので月がよく見える)
 小鳥遊   タカナシ (鷹がいないので小鳥が遊ぶ)
 栗花落   ツユリ  (栗の花が落ちると梅雨入り)


 零余子の時に幽黙さんが仰って下さったように、文字面と読みが全く
一致しない表記、沢山あるのでした。 そうなると零余子も案山子も
「そう読むと決めたのだからソレデイイノダ」という訳になりますね。

 そうそう、しつこいようですがドラマ「あんどーなつ」の主人公の
名前のように、音だけ聞くと別の意味を持ってしまう名前もありますね。
ご本人には気の毒な場合もありますが、一度聞いたら忘れられないと
いうメリット?もあります。

  安藤奈津 あんどうなつ → 餡ドーナツ
  浅香唯   あさかゆい  → 朝、痒い
  荒木礼   あらきれい  → あら、綺麗!
  新木謙   あらきけん  → あら、危険!
  小田真理 おだまり   → お黙り!
  川合壮   かわいそう  → 可哀想
  花岡美奈 はなおかみな → 鼻をかみな
  原真紀   はらまき   → 腹巻
  水田麻理 みずたまり  → 水溜り
  村山力   むらやまちから→ 村や町から


 思いがけず、外国語になってしまう名前も…

  田嶋ハル たじまはる   → タージ・マハール
  城島健司 じょうじまけんじ→ジョージ・マッケンジー


 英語で自己紹介するとあれっ?という名前も!
 (最近は、日本人なら姓・名の順のままでもOKのようですが…)

  上岡愛  うえおかあい → アイ・ウエオカ 
  森功    もりこう   → コウ・モリ


 親から子への最初の祈りを込めた贈物「名前」、後でビックリ!に
ならないように、声に出したりひっくり返したり、音も意味もよくよく
確認しなくてはいけませんね〜
 

タグ:珍名
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2008年06月30日

夏越の大祓

 今日六月三十日は夏越の大祓、鎮守社の本宮に詣で茅の輪くぐりをして参りました。 このような茅の輪を三度∞の字型にくぐりながら…
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  「水無月の夏越の祓へする人は、千歳の命のぶとふうなり」

と唱え下写真左の人形代(予め身体の罪穢れを移し名前を書いておく)に輪の下で息を吹きかけます。(こちらの神社では人形箱に納めるようになっていますが、後には大祓詞の通り川から海へと流されます。)
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 夏越の大祓を無事終え、小さな茅の輪(上写真右)を拝受しました。これぞ「蘇民将来」の子孫の証の厄病祓のお守です。 蘇民将来につきましては、過去ログに由来物語があります。

「夏越の大祓・茅の輪と蘇民将来」(2006-06-30)

 夏越の大祓(なごしのおおはらへ)は、難越の節供とも水無月祓とも、また輪越祭・輪正月などとも呼ばれ、大晦日の年越の大祓と並ぶ一年の中で大切な祓式ですが、どうも年越ほどに盛んではないですね…。

 梅雨のじめじめとした季節は病厄も招きやすく、嘗ては年の中でも越すに難儀な大きな一つの峠だったのでしょうが、現代では栄養衛生状態も良く、さほどでもなくなった所為でしょうか。

 しかし、丁度年の半分の節目であり、この半年の間の罪穢れを祓い、後半の初めの盆祭を迎える為のお清めの儀式ですので、大切にしたいと思います。 夏前の大掃除のキッカケにもなりますね!

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      甘春堂本舗さんのHPより (ネット販売あり)

 さて、晴れ晴れとして、後はお菓子の「水無月」を戴き、美味しいお茶を点てるばかりです♪


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2008年01月10日

七福神@恵比寿

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    限定醸造「琥珀ヱビス」(サッポロビール)より
 (瓶のヱビスビールの中には数百本に一本、ラベルの恵比寿様の後の魚籠にも鯛が入っているラッキーヱビスがあるそうです!)

恵比寿(えびす)

 別の表記: 恵比須、蛭子、戎、夷、胡 など
 同一神ともされる神: 事代主神(大国主命)、毘沙門天
    特徴: 鯛・釣竿・福耳・風折烏帽子・狩衣指貫 など

 記紀では、イザナミ・イザナギの夫婦神の御子であったが、天御柱を回る国生みの儀式の際、誤って女神の方から先に声をかけた為に、健常にお育ちにならず、葦の舟で海に流されたとされる。 (この辺り男尊女卑・障害者蔑視などと一部に不評とか…視野が狭いと折角の神話も無視され、本意が伝わらない所か子に伝えられる機会も減り残念)

 しかし、流れ着いた地で「夷(えびす)三郎」として大切に育てられたともされ、今もご祭神とする「西宮神社」などがある。

 また「蛭子(ヒルコ)」は手足のない蛭のような子(3年経っても手足が立たなかった)とされることが多いが、太陽女神(ヒルメ)に対する太陽男神(ヒルコ)のではないかとの説もある。

 海からの漂着者(物)が思わぬ福をもたらすことがあったことから福の神の性質を帯びていったのかもしれない。 不幸と思われる生い立ちから、海洋守護・商業・農業の神などとしての返り咲き、鯛を抱え庶民に愛される七福神となっていった経緯など、なかなか謎多き魅力溢れる不思議な神様である。

 「えびす」には「えみし」と同じように東方や海から渡って来た「まつろわぬ民」「異邦人」「蛮族」などの意味もある。 

 またイルカ・鯨などの海洋哺乳類海、漂着する水死体等をも指し、それを網にかければ大漁になるともいう伝えもある。   
 
 特に関西では「えべっさん」と親しまれ「恵比寿講」の人気が高い。 毎年の1月10日前後には「十日えびす」と呼ばれる祭があり、「商売繁盛で笹持ってこい」という関東では耳慣れない掛け声や、笹飾りなどのことを去年?関西のブログ友の何方かに教わりました。 すみません、教えて下さったのはどなたでしたでしょうか〜!? いつぞやは大変ありがとうございました。 <( _ _ )>

 新しい情報を得ましたら、随時追記いたします。


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2008年01月07日

七福神の並び

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      「隅田川・七福神」で戴いた七福神図 

 これまで七日の七草や七草粥については何度か書きましたので、今年
は同じ「七」でも「七福神」のことについて、あやふやな所を確認しつつ、
順次まとめてみます。 (「七福神」全てを書き終えるのはいつになる
ことやら分りませんが、楽しみつつ進めますね。)

 さて先ずは、どのような順で書いていったら良いのか迷います。
年功序列?神様の年齢は見た目(誰が見た?)では判断できませんし、
偉い順って、それこそ誰が判断するのか失礼でしょうし、慣例があるか
どうか調べてみますと…

 「こうでなくてはならない」と言う順列はないようです。
但し概ね次のような規則性がみられました。 

 七福神は恵比寿の他は、インド・中国からの外来の神様です。
(恵比寿は生れてすぐ海に流されていますが、諸国を漂流し遠つ国の
福の神を大勢つれ宝船に乗せ、日本に戻ってこられたように、私には
思えます。)

 ですので先頭は先導する意味に於いても日本の神「@恵比寿」、続いて
遠路遥々に敬意を表しインドの神「A大黒天」「B毘沙門天」「C弁財天」
次いでお隣中国の神、「D寿老人」「E福禄寿」「F布袋尊」

 それぞれの国の中ではあいうえお順。 紅一点の「弁財天」を真中に
元は実在のお坊さんであった「布袋尊」は末席にとの考えもあります。

 七福神めぐりの際、七福神の小像を夫々の寺社で求め、最後に宝船に
並べる時に、悩まれる方々も多いのではないでしょうか。 こちらは
廻った順でも、ご利益を願う神様を主としても良いようです。
上の写真のように巡った地で戴いた図版があれば参考にするのも良い
と思います。 
 何か他の情報をご存知の方は、ご教示賜れますと大変助かります。


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タグ:七福神
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2007年09月01日

月とスッポンと蛾

 さて、ガガ=スッポンで月に似て丸いがまるで異なものと形容されます。
一方、カガ(チ)=蛇で、吉野裕子先生は爛々と光るその目を、鏡=太陽
に肖る説を唱えていらっしゃいます。 

 ただ、太陽は自ら光を発するもの。 鏡はそれを反射して光るもの。
だとしたら、太陽=鏡 よりも 月=鏡 の方が私にはしっくりきます。

 スッポンの甲羅は黒いけれど、月夜に照らされた池では水面の月のように光ってみえるのかもしれません。

  甲羅が 月=鏡(カガミ)に似ている? → すっぽん=ガガ
  目が 太陽=鏡(カガミ)に似ている? → 蛇=カガ(チ)

 スイレンの葉に似た、水面を覆う丸い葉をつける「ガガブタ」という植物も「ガガイモ」同様に「葉の形がスッポンに似ている為」という名前の由来を貰っています。 こちらは正にスッポンの大群が池を覆う蓋のように見えて納得できるのですが、「ガガイモ」の方はどうも腑に落ちません。

 先の日記に書いた少彦名命が纏われていた衣は「蛾の皮」とされています。(鵞鳥説もありますが、私はあくまでも蛾説を支持しています。理由は後述)

 「ガ」の皮を来て「ガガ」の舟に乗って来られた。 
何故、ここまで「ガ」に拘っているのでしょう?? 
昨晩、私の頭の中を駆け巡った妄想を書き残しておきます。

 蛾は夜の虫、すなわち「月」に関係しています。
月と言えば、満ち欠けの「変化(へんげ)」です。 
蛾もまた、卵・芋虫毛虫・蛹・成虫と驚異の「変化」を見せます。
蛾が月神の力を秘めた生物と思われたのは自然なことではないでしょうか。

 特に蛹の殻を破り、全く姿の異なる成虫が表れる神秘性には誰しも目を奪われます。 このような驚異的神秘の力を持ったものと思われたからこそ、少彦名命は「蛾の皮」すなわり「蛾の蛹の殻」を纏っていらしたのではないか、と私は思うのです。

 生まれ変わり・蘇生・新しい清々しい生命力、古来ご先祖さまが憧れ、肖ろうとしてきたものは、現代の私たちの中にも願望として受け継がれています。

 そこで「ガガイモ」です。
ガガイモの実は小さなゴーヤのような形で、熟すと割れて中から真っ白な長い羽衣を纏った種が飛び出します。 そうです、これはまるで「蛾の羽化」のようではありませんか! 全く外からは予期できないような美しいものが、突然生まれてパァッと飛んでいくのですから…。

 ここで「ガガイモ」名前の由来、山桜説を立てました。
「蛾が芋」です。 「蛾」のように蛹(莢)から美しいものを生み出す実をつけることから…いかがでしょう?

 皇室でも蚕・繭に秘められた力を神事として受け継いでいると聞きますし、国造り役に任命された小さな神さまが月と蛾の神秘の力で、大國主命や民のお疲れを癒されたと思うと感無量です。

 (そう言えば、中国の伝説では、月には西王母から不老不死薬を盗んだ夫から、また薬を奪って逃げた「嫦娥」が蝦蟇に姿を変えて住んでいるとされています。 ここにも「ガ」が登場です。)

 もっと妄想を広げれば、大國主命は地球で、少彦名命は月…
粟の穂で飛び出して軌道にのり、地球の周りを衛星として廻っていらっしゃるのでしょうか…。

 宇宙のように妄想が膨張して他のことが手につかなくなるので、この辺で止めて置きましょう。
                      (2007-09-15投稿)

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2007年02月07日

「看脚下」春、笑ふ2

     ? 1427.jpg

 立春の翌日の5日、お稲荷様の縁日、初午の日。 暦の七十二候では
「東風解凍」となったこの日、全く別の所で同じ言葉に出会いました。

 「看脚下」 最初は、りんずさんの節分のお稽古の時のお軸でした。
「かんきゃっか」と読まれることが多いようですが、りんずさんの先生の
「看(み)よ脚下」のお教えの響きが優しくて、私も好きになりました。
 りんずさんのブログ「凛として」より『看脚下』http://blog.goo.ne.jp/_rinnzu_/e/55d4ab546ede354a39a9aa882608e14e

 また、そのほんの数分後、なんと今度は友部丹人さんの所で、丹人さん
の印の文字が読めずに、教えて戴いたのがまたこの言葉でした。 
以下、「友部丹人旅日記」の『庵号〜いをりな』http://blog.goo.ne.jp/tan230/e/c07cb310ed1ec8a3e081c9b247f80583
からの引用です。


 「看脚下」 是 禅宗のおしへなり

 愛媛県大洲市の城願寺住職なる五葉光鐵僧正は次のやふに
 解釈したれり

 自分自身をよく見なさいと。つまり、自分の足元を直しながら、
 我が生き方を深く反省しなさいということなのです。
 足元を見ると同時に、我が人生の至らなさを見て欲しいのです。
 未熟である自分に気づく、発見する・・・。
 足元を見るという事の中には、そういう大事な意味があるのです。

    吾庵号印「質直看脚下庵主」 大山九八 刻(1999.8.1) 
         シチヂキカンキャクカアンシュ


 
 そう言えば、節分の翌朝、ちゃんと拾ったつもりでいたのに、豆を
数粒踏んでしまったという私に、鎌倉とんぼさんより、
 「マメに拾わなくてはいけません」
とのお言葉を頂戴したばかりでした。
 「マメに拾う」=「脚下を看よ」・・・です!
奇しくも同じことをもう前もって戴いていたのでした。 

 そして、その次の日、今度は飛翔さんに、
 「汝の足元を深く掘れ、そこに泉あり」
の言葉を教わりました。 

 もうこれは、どうあっても、私に、
「自分の足元をよく見直しなさい」
と、神仏ご先祖様が教えて下さっているとしか思えません。

 神様、仏様、ご先祖様、そしてお教えを賜りました皆さま、
ありがとうございました。 よくよく肝に銘じて、この新しい
一年を過ごしていきたいと思います。

 そんなことを思いながら歩いている時、ふと足元を見て撮影
したのがこの上の写真です。

 可愛い青い春の妖精が・・・ほら、笑って・・・いますよね?

 青い春の妖精:オオイヌノフグリ、瑠璃唐草、天人唐草、星の瞳
           その昔聞いた英名は、ベィビー・ブルー・アイズ・・・
           でも、どこにも載っていないのです。


<<追記 2007-02-09>>
  今朝、りんずさんのブログ「凛として」のお客様、
  こなつめさんのコメントからまた一つ素晴らしい学びを
  得ることができました。 
  りんずさん、こなつめさん、ありがとうございます。

  「看」はただ「見る」にあらず、
     「手」と「目」五感を使って見ることなり


なのだそうです。 看護師さんなどは正にそのようなお仕事と思います。


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2007年01月15日

七種餅粥

下の方に追記をつけました。 
ご興味をお持ちの方はご参照賜れば幸いです^^(1月19日)


     ??〓 1301.jpg

 今年の小正月の十五日は、小豆粥ではなく延喜式等に記録がある
七種の穀物に倣い、手に入る穀物を集めてお粥を炊いてみました。
15日は望(もち)月で餅粥を食す習慣も聞きますので、お餅も加え、
七種・餅粥モドキとちょっと贅沢してしまいました。

  延喜式(905年)第四十巻の記録
  「正月十五日 供御七種粥料 米1斗五升 粟 黍 稗子 
   ミノ*(草冠に皇・子) 胡麻子 小豆
 各五升 塩四升」

 その他にも、時代、地域によって、七種の穀(作)物は異なり、
(例えば、大豆、大角豆(ささげ)、栗、柿、薯蕷…など)その時、
その土地で手に入りやすいものを使っていたのかもしれません。

 この日の我が家の七種餅粥の品揃えは、
 「玄米、黒米、小豆、ささげ、麦、白胡麻、黄粉(大豆)、餅」
黒米からも赤紫色が出たので、かなり赤色の濃い、魔除力強大な
お粥になりました。(ささげはお赤飯に用いる炊いても切腹しない
小豆に似た豆で、写真で一番目立っているものです。)

 これらの穀物と言えば、古事記では大気都比売神(おおげつひめのかみ)日本書紀では保食神(うけもちのかみ)の亡骸のあちらこちらから
生まれたという神様の化身です。 

 いにしえの人々は、そのような神さまのお力を得て、魔を祓い
健やかに暮らしたいと願ったのかもしれない…などと想像しつつ
ご先祖様方と同じような穀物粥を奉げもち、大神さまにお供えし、
私達もありがたくご相伴させて戴きました。

 *ミノは、牧野富太郎博士によれば、
  長らくミノとされてきた草の実は食用にならず、誤りであるとし、
  この草にはカズノコグサと新たに命名、現在ムツオレグザと呼ばれ
  ている草こそがミノであろうとされていますが…ミノ米について
  何かご存知の方がいらしたら、是非ご教示下さると嬉しいです。

<<追記 2007-01-19>>
 @奈良の酒徒善人さんより、小豆粥は「ススキの穂のお箸」で戴く
  とのコメントを頂戴し、さらに後日詳しく教えて下さったので、
  皆さまにもお知らせ致したく、こちらに転載申し上げます。
  酒徒善人さん、ご協力ありがとうございました。

  『すすきの穂の箸は、穂のついた茎(茎だけで約30cm)で
   茎の部分を箸がわりにして食べます。
   そのすすきの箸は他の花とともに、
   水田に苗代を作るとき豊作を祈願して飾ったと思います。
   なぜすすきなのでしょう?稲のイメージかな?
   小豆粥を炊く火は、前日のとんどの火を昔は使っていました。』
  
   (酒徒善人さんのブログ「e411y」の『冬の華』 http://syutozennin.blog.ocn.ne.jp/e411y/2007/01/post_b0c0.htmlより)


   さて、な〜ぜ、ススキの穂なのでしょう?
   酒徒善人さんの仰るように豊かに実った「稲穂」のイメージ、
   すすき=漱ぎ から 祓い清めのイメージ、
   ももりさんがヒントを下さったように、丈夫な作物のイメージ、
   茎の中の赤い芯からお日様の力を秘めたイメージ・・・
   いろいろな気持ちが合わさって、ススキの力に肖りたいと願った
   のでしょうか… これからも心に留めて情報を集めたいと思います。

   酒徒善人さんがススキの穂のお箸の写真を撮ってご自分のブログ
   に載せて下さいました。是非ご覧下さい!
   1月19日付『すすきの箸』
   http://syutozennin.blog.ocn.ne.jp/e411y/2007/01/post_2185.html

 A「枕草子」十五日のお粥に関する楽しげな伝承の記述です。

  『十五日はもちがゆの節供参る 粥の木ひき隠して家の御達女房
   などのうかがふを うたれじと用意して常にうしろを心づかひ
   したる景色もをかしきに いかにしたるにかあらむ打ち当てるは
   いみじの興ありて うち笑ひたるは いとはえばえし』


   これは、もち粥を炊いた木の燃え残りで女性のお尻を叩くと
   子宝が授かると言う(叩いた人が男性なら、その人の子が
   授かるとも)風習の様子を描いたもののようです。

   華やかな方々が子供のようにはしゃいでいる様子が覗えて
   笑い声まで聞こえてくるようですね〜 さすが清少納言!

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2007年01月03日

万祝と紅型

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    ??〓 1241.jpg

 引き続き「アクアマリンふくしま」の内部展示のご紹介です。
この水族館は水棲生物の展示などに留まらず、海川と共に育った民族
文化も多数、工夫を凝らして展示しています。

 この色鮮やかな染物は「万祝(まいわい)」と言い、房総半島から青森
にかけての太平洋岸で見られる、大漁祝に網元から漁師たちに配られる
お祝いの引き出物です。 反物で配られ個々の家で仕立てたのだそうです。

 木綿地に型染め、派手な色合いのめでた尽くしの模様が印象的です。
この鮮やかな配色と型染めの風合い…どこかで見たことがあるような??
そう思って歩いていると…

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      マンタを中心に南洋の生物満載の新作紅型

 別のコーナーで沖縄の紅型の展示に出会いました。
そうです、万祝の色合い風合いは、この沖縄の紅型に似ていませんか?

 万祝の発祥地は鰯漁が盛んな房総九十九里とされているようです。
万祝としてお祝いを配る文化としては、そこが発祥かもしれませんが、
この鮮やかな型染は、房総・安房に渡ってくる前の故郷四国・阿波、
さらには沖縄から伝わって来た文化の可能性があるのでは…?

 酉小屋〜鳥追い小屋に次いで、またしても妄想が広がる展示でした。

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2007年01月02日

酉小屋

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                    酉小屋(とりごや)
  ??〓 1238.jpg ??〓 1244.jpg
    内部の囲炉裏            内部の神棚

 今年のお正月は、福島県のいわきを訪ねました。
アクアマリン福島という水族館の外には(内部観覧についてはまた後日)
いくつかのテーマでビオトープが作られているのですが、その一角の
田んぼの中に、竹で組んだ見たことの無い小屋をみつけました。

 説明板の記述によると…

  「酉小屋」とは福島県浜通り地方に伝わる正月行事です。
  正月が近くなると、田んぼの中に竹や木でできた小屋が作られます。
  中には囲炉裏が作られ、子供が中に入って、餅を食べたり甘酒を
  飲んだりします。

  旧正月には小屋を燃やし正月の神様が煙とともに天に帰っていくと
  されています。 この時の火で餅を焼いて食べると一年間風邪を
  ひかないといわれています。


 
 家人が秋田育ちの私には、まるで竹でできたカマクラに見えます。
カマクラと酉小屋は、どちらが古く発生した行事なのでしょうか。
雪のない地方でカマクラを模して酉小屋を作ったのか、それとも
酉小屋を模して、雪国ではカマクラを作ったのか…または全く別に
同じ様な発想でそれぞれの土地に発生したものなのでしょうか…?

 今、家人が留守で聞くことも出来ず、少し検索して調べてみると
秋田の六郷という町での一連の小正月行事の中には、カマクラとは
別に、四角く雪を組み上げた「鳥追い小屋」「鳥小屋」と呼ばれる
雪室も作られるということで、ますます類似性が浮かんで来ました。

 七草でも「唐土の鳥」は悪い病を運んでくる悪者とされ祓われる
対象ですが、稲作民族には稲を食べてしまう鳥は追い祓わねばならぬ
嫌われ者のようですね。 

 それにしても、福島の酉小屋も秋田のカマクラもどちらも子供が
主役で歳神様水神様と楽しく過ごすという所が、何とも微笑ましく
思えます。

 かつて日本の子供ほど愛され慈しまれて育つ子供は世界に類を見ない
と、日本を訪れた外国人が感嘆したそうですが、こんな行事を見ると、
本当にそうだったのだと思われます。
 

  銀(しろがね)も金(こがね)も 玉も 何せむに

            勝れる宝 子に及(し)かめやも (山上憶良)


 子供は「子宝」にして、無垢で神様に一番近づける存在として
歳神様のおもてなしの任にあたっていたのかもしれない…
ふと、そんな風にも思えました。


↓友部丹人さんのブログで茨城の酉小屋が拝見できますので、是非どうぞhttp://blog.goo.ne.jp/tan230/e/8aadf179061b13a55fb6eaa4d61e27bf


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2006年12月22日

冬至

    ??〓 1228.jpg
            
 やっと待ちに待った冬至です。
今年は、一身上の理由(なんだか今流行りですね・苦笑)で、
本当に冬至までが長く長く感じられました。 
太陽の力の復活を待ち望んでおりました。

 冬至は「一年で一番昼が短く、夜が長い日」。
でも、実は「日没が一番早い日」は、その1〜2週前ぐらいの間で
冬至を越すと、徐々に日没が遅くなり、急に昼が長くなったように
感じられます。 昔から、冬至過ぎれば、毎日、畳一目分も日脚が
長くなると言われている嬉しい気持、よく分かります。

 今朝、冬中日が当たらない谷間の村の村長さんが、向かい側の
山に大きな鏡を設置して、初めて冬の太陽の光を呼び込んだという
ニュースを見て、天照大御神さまの古事*を思い出しました。

 大きな鏡に反射した光を見て太陽は、さぞビックリしたでしょうね!

 *弟神、スサノオノミコトの暴れ振りを哀しみ天の岩戸にお隠れに
  なってしまわれたアマテラスオオミカミ様の興味を惹く為に、
  天の岩戸前でアメノウズメノミコトが唄い踊り、神々が
   「素晴らしい新しい日の神様が遣わされて嬉しい」
  と楽しそうに笑いさざめくと、天照さまは気になってそっと岩戸を
  開けて外を覗かれた。 その時サッと鏡が目前に差し出されたので
  ご自分の光を新しい神とお思いになり驚かれた天照様は、力持ちの
  神さまに引き出され、天地には太陽が戻ったという「古事記」のお話。


          ??〓 1226.jpg 
        お日様のような柚子の姿をうつしたお菓子

 過去の冬至関連記事:
 「冬至七種」http://yamasakuran.seesaa.net/article/10969746.html
 「一陽来復」http://yamasakuran.seesaa.net/article/10968927.html
  ↑この記事を読み、我が家のミモザが倒れてから丸一年経ったことに
   気が付きました。 冬至はミモザの命日だったのです…合掌。
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2006年10月30日

重陽の節供

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 今年の10月30日は、旧暦九月九日、「重陽の節供*1」です。

 丁度菊の花の咲き始める頃で、前の晩から真綿(蚕の繭から
紡いだままの絹の綿)を菊の花に被せて置き、翌朝、その菊香や
露をうつした真綿で身を清める「着せ綿」、薬効のある菊の花を
お酒に浸して戴く「菊酒」という風習もあり、「菊の節供」とも
「菊花の日」呼ばれています。

 そう言えば、旧暦九月九日はいつも「上弦の月半月」頃に当たるので、
夜半の空には弦が上を向き「月の杯」も浮かびますね^^

 また古くは菊のことを「くく」と呼んでいたという説もあります。
(例:古事記に記載の万葉仮名表記「久久理比売」は「菊理姫」のこと。
 また「久久」とは「久しく香る」の意。「花と樹の事典」柏書房より)

 それを読んで、私は、
「久久」=「菊」→「九九」
の連想で、菊の花が重陽の節供の花とされたのではないかとも思い
ましたが、探した範囲でそういう記述はみつかりませんでした。

 ただ「久久」は中国語で「悠久」の意味があるそうで、その意味
からも、中国では同音の「九九」の日、重陽の節供は、家族などで
山茱萸(サンシュユ) 食茱萸(カラスザンショウ)の実を髪に飾ったり
<2015-08-11 訂正・追記>
袋に入れたりして持ち、高い山に登って天地の神様に不老長寿を
願う日として、大切にされているそうです。

 処で「悠久」で思い浮かぶのは、9月6日にご誕生あそばされた
秋篠宮悠仁(ひさひと)親王殿下。 帝王切開であれば9月9日を
選ばれることも可能でしたのに、6日にされたのは何かきっと他に
理由があるのでしょう。 それにしても「菊」と言えば、

   皇室の御紋「菊」=「久久」=「悠久」…

 なにか今年の重陽の節供は、感慨深いものになりました。
 

(以下は少数の子供読者の為の少しやさしい説明です^^)

*1「重陽の節供(ちょうようのせっく)」
  数字の奇数と偶数を、中国で生まれた「陰陽説*2」の考えでは、
  奇数=陽の数、偶数=陰の数とされます。 

  一桁(けた)の陽数の中で一番大きな数「9」=「陽」の力が一番
  大きい数、が二つ「重」なるこの日を、「重陽の節供」と呼びます。

  陽の数が重なる日は他にも1月1日・3月3日・5月5日・7月7日
  (五節供には1月1日の元旦ではなく、1月7日の「人日の節供」が
  入る)がありますが、中でも古来重要なお祭とされていた9月9日の
  重陽の節供は、どういう訳か、現代の日本では知識だけが残り、
  行事は一般的にはすっかり廃(すた)れてしまいました。

*2「陰陽説(いんようせつ)」
  世の中のすべての事柄は、陰と陽という相対した存在により成り
  立っているという考え。 陽と陰とは、例えば、その文字通り、
  日向と日陰、明と暗、天と地、上と下、表と裏、善と悪、男と女、
  凸と凹、吉と凶(幸運と不幸)、喜びと悲しみ…このように思い
  浮かべると、一方の存在がなければもう一方の存在が成り立たない
  ということが分かりやすいと思います。
 
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2006年10月01日

神無月

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 「神無月(かんなづき)」とは、旧暦十月の別名です。
今年は約3年に一度の閏月(閏七月)があったので、新暦の10/1
よりも2ヶ月近くも遅い、新暦11/21旧暦十月・神無月一日
なります。 まだまだ随分先のことになりますが、10月つながりと
言うことで、新暦10月1日のここに書いておきたいと思います。

 「神月」の漢字があてられていますが、「水月」に長雨で
水が豊富なように、私は様々な実り豊かな「神無月」にこそ、
神様の恵み、ご存在をより身近に大きく感じます。

 「無」は「無し」の意味ではなく、「〜の」という意味の「な」。
従って「水無月」は「水の月」であり、「神無月」は「神の月」
となります。

 「神嘗(かんなめ)祭(伊勢神宮で全国に先立ち行われる新嘗祭。
神様に今年の新穀を奉る収穫祭)」が執り行われる月ということで、
「神嘗月」から転じたものと言う説もあります。

 どちらにしても、穀物や果実の実る嬉しい月、神様への感謝の
気持が特に大きくなるこの月の名前は、「神の月」が相応しいと
思います。

 旧暦十月、出雲国に全国の神様が集まられる(神在祭)ので、その
他の国では、神様がお留守の「神無月」になるという神話は、中世
以降出雲の御師(おし)方の布教により全国に広がったようです。

 私はこの壮大なお話も大好きで、想像するともわくわくしてきます。
きっと神様は今も変わらず、神在祭には出雲に集われていらっしゃる
ことでしょう。 けれど、神様は同時に幾つの場所にもおわすことが
できるのですから、出雲以外の神社が空っぽになってしまうことは
ないのでしょう。 

 神無月は、出雲以外で神様がお留守になるどころか、寧ろ日本国中に
大いにご神気が溢れている、そんな月だと思うのです。
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2006年09月20日

東西金砂神社・磯出大祭

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 東金砂神社 磯出大祭絵巻 より お神輿を先導される猿田彦命
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 西金砂神社 磯出大祭絵巻 より お神輿を先導される猿田彦命


 私が今回朝日を拝した水木の浜では、今から3年前の未歳2003年3月、72年振り第17回めの、東金砂(かなさ)神社、西金砂神社の磯出大祭が行なわれました。

 3月22日に西金砂神社から、3月25日に東金砂神社からご祭神のお神輿が、お守りする数百人の行列を従え、はるばる30数kmの道のりを経て、ここ水木の浜にお渡りになり、ご神威を高める為にお神輿ごと海に入り「潮ごり」という禊ぎをされました。

 お渡りの途中、所々で田楽舞(国指定選択無形民俗文化財・県指定無形民俗文化財)を奉納するところから「金砂の大田楽」とも呼ばれています。 往復70数km、数百人の行列を仕立て6泊7日をかけて行われる御渡祭は他に類がないと言うことです。

 72年に一度、人生に一度あるかないかの大祭礼、伝統継承の大変さは想像に難くありません。 平安時代より連綿と祭礼を守り続けてこられた歴代の地元の方々に深い敬意を表します。

東金砂神社 806年 標高500m東金砂山頂にご鎮座
      元来神仏混合 日吉(ひえ)神社山王権現を祀る

西金砂神社 806年 標高405m西金砂山頂にご鎮座
      同じく元来は山王権現を祀る
        ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)
             少彦名命(すくなひこなのみこと)
             国常立尊(くにとこたちのみこと)

 
茨城県HP内「発見!いばらき」より「西金砂神社大祭礼」
田楽舞の映像なども見ることが出来ます。(一部東金砂神社田楽も)
http://www.pref.ibaraki.jp/discover/festival/north/08.html



<<追記>>
  「水木」という地名の由来は、若しかして「御着き」?

  大洗の磯前(いそさき)神社の縁起でも、ご祭神の大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主(おおくにぬし)大神、少彦名命(すくなひこなのみこと)は、海から渡って来られたとある。

  遠い昔、大きなお力を持った方々が海から常陸の国に渡って来られたのは、間違いない史実なのだろう。
 
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2006年09月13日

御名と御印

 昨日「命名の儀」が行われ、新宮さまの御名と御印が発表されました。

        御名 悠人(ひさひと)さま

        御印 高野槙(こうやまき)

 秋篠宮さまは、初めに「ひさひと」の音が気に入られ、後に複数の
候補漢字の中から「悠然」「悠久」などの熟語に用いられている
「悠」の字を選ばれたとのこと。 畏れながら「久仁」さまでは、
久し振りの男子感が強く出すぎだったのでしょうか・・・。
「ゆったりと」「のびのびと」とは、いかにも秋篠宮さまらしいですね。

 江戸っ子にはちょっと難しい発音なのですが、雅なお方には
問題ないのでしょうね^^; 落ち着いて、お名前通りゆったりと
お呼びすることに致しましょう。

         *     *     *

 「槙」と言うと庭木や生垣に使われている針葉樹の中でも広めの
葉を持つものを思い浮かべますが、実はあれは「犬槙(イヌマキ)」で
「高野槙」こそが純日本特産の「本槙」なのですね。 私も今回初めて
確認できました。 実は私、恥ずかしながら樹木系は弱いのです。

 ところで日本書紀の中にはスサノオノミコトが髯(ひげ)から杉を、
胸毛から檜を、尻の毛から槙を、眉毛から樟(クスノキ)を作られた
と言う神話があり、各々の用途まで示されています。
これをまとめてみますと、

    髯   → 杉(スギ)   → 舟
    眉毛 → 樟(クスノキ) → 舟
    胸毛 → 檜(ヒノキ)   → 宮
    尻毛 → 槙(マキ)   → 棺(ひつぎ)

 口が始まりとすれば終わりの部位であるの部分の毛がで、
用途が棺(ひつぎ)と言う所に、私は注目します。

 始まり〜終わり〜始まり・・・月の満ち欠けと同じように、終わりは
また始まり
でもあるのです。 そして棺桶と言えば何だか縁起が
悪いような響きさえしてしまう所ですが、「ひつぎ」と言えば・・・
そうです、「日嗣」、「日嗣の宮」の意味が込められているのかも
しれません。

 「棺」はまた「柩」とも書きます。 ここにも「久(ひさ)」が!
柩は次の世代へ生まれ変わる「繭」なのかもしれません。

(畏れながら、祖母の命日の勢いでここまで書いてしまいました。
 また、あくまでも素人の推測です。 その点くれぐれもご留意下さい。 
 後で書き直すことがあるやもしれませんが、どうぞご了承下さい。)

 
 
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2006年07月31日

七夕(旧暦)

 本日は旧暦の七月七日。 七夕の節句です。

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夜空の星の化身・カラスウリの花   月の化身ヒョウタンの花

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 梨・桃・ささげ・大豆・瓜・茄子・アワビの七種とお酒(ささ)の
代用で茗荷・李・隠元・大豆(枝豆)・胡瓜・茄子・お酒で七種に
整えてみました。 気は心ということでお許しを。

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  左はm-matagoさんの所で飛翔さんに
 教えて戴いた茗荷のカササギです。
 
  茗荷に薄絹のような花が咲いていると
 本当に 天女の羽衣を纏ったような
 天渡る鳥の姿なのですが、庭に植えて
 いないとなかなか花の咲いた茗荷は
 手に入らず、残念です。 


 今日の夜空は、雲に霞んだ七日月とうっすら浮かぶ☆が一つ二つ。
久々の織姫・彦星の逢瀬を薄雲が優しく包んでいるようだった。
posted by 山桜 at 00:00| Comment(10) | TrackBack(1) | 祖先からの伝言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする