2013年05月08日

「感情で表情を変える人より…」


「感情で表情を変える人より、表情で感情を変える人が賢者」

 
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2013年05月04日

卯波小波(ミズキ)

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 「みどりの日」です。 皐月の明るい光を受け煌めく若葉に真っ白な花の映える頃となりました。 ヤマボウシ(山法師)や ホオノキ(朴の木)の白花も大好きですが、今時分はこの雄大に枝葉を広げるミズキ(水木)が武蔵野の林の中で目立ちます。 小花の房を一斉に真上に向けて咲かせるので、皐月の風に煽られて揺らぐと、まるで若葉の青波の上に小花の白波が跳ねているようで見惚れてしまいます。 名前の通り水を好み、川や池などの水辺で良く育ちます。 春先に枝を折ると水が滴り出すほどに吸い上げているそうです。 一度試してみたい…。 

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 10メートルもの高木になるので、なかなか花を近くで見られないのですが、階段の近くに生えている木があってラッキー! ちょっと暗がりでしたが、白い花を見るには丁度良かったです。 明るいと白花は眩しすぎるので。

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 よく見ると、同じミズキ科のヤマボウシと似て4弁の白い花びらに見える苞片*があります。
 


【卯波小波(うなみさなみ)】
 陰暦卯月の頃に立つ波、さざ波のことだそうです。
 山桜的には、因幡の白兎のように波頭をピョンピョンと
 白波が跳ねていくイメージ…

【苞(ほう)】
 花や花序の基部にあって、つぼみを包んでいた葉のこと。
 苞葉ともいう。また個々の苞を苞片という。
 大抵は普通の葉より小さくて緑色をしたものであるが、
 花弁(花びら)や萼(がく)に見えるような植物もある。

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2013年04月17日

利休梅

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 今年は色々な草木の花付が良く、嬉しい一方で何かを予知して種を残そうとしているのかとちょっと怖いような気持もしてきます。 7年前に我が家へやって来た利休梅も例年にない勢いで、まるで噴水があふれ出るように咲き、その柔らかでしなやかな枝が春風に揺れています。 (後ろに垣間見られる赤い花は開き始めた花水木で、撮影から数日たった今では紅白花の競演! 運動会の玉入れ競争みたい?…笑)

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このすべすべのお餅のような蕾がまた何とも愛らしくてたまりません♪

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以前にも書いたように思いますが、利休さんの生きていらしたころには未だこの花は中国から渡来しておらず(明治の末頃渡来とのこと)、お名前は戴いていても利休さんはこのお花のことはご存じなかったことと思われます。 花の形が「利休梅」と呼ばれる梅文様に似ているのが命名の由来とも聞きますが、まぁ似てなくもないかなぁという程度でしょうか。 「茶花として良く使われたので」という記載もネットでは多く見られますが、余り水揚げがよくないですし枝垂れる枝なので「好もしい姿に入れるのはちょっと難しいような…。

同じバラ科でも「梅」というよりも寧ろ「雪柳」に性質は似ているようで(ユキヤナギはシモツケ属、リキュウバイはヤナギザクラ属と属は異なるのですが)、私は大きな雪柳と思って手入れをしています。 春に伸び出た若い枝に花が咲きますので、その分を引いた位置で剪定すれば好きな高さで咲かせることが出来ます。 
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2013年04月05日

梨の花

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 梨花さんというお名前はよく目にするけれど、「梨の花」となると産地以外の方は目にする機会も少なく、その姿がピンと来ないのではないでしょうか? 私もこちらへ引っ越して来て初めて間近で見られるようになり、果実の控えめな姿に似合わぬ花の豪華さと香りの強さに驚きました。 芳しいとは言えないまでも、梨の花はやはりどことなく梨の実のような香りを漂わせ虫たちを大いに惹きつけ、最盛期にはその香りと虫の羽音が相まってムワ〜ンっとむせかえるようです。 そういえば子供の頃、梨狩りに行くと梨の鈴なりには勿論、蝉の数の多さにも目を見張りました。 甘い樹液に惹かれるのでしょうか。 恐らく土の中の幼虫時代からお世話になっているのでしょう。虫たちにとって梨園は天国ですね。 人間の梨園の方では、新歌舞伎座の杮落し目前に相次いで本当の天国へ召されていかれましたが…。 

 そうそう、ケロが学校で習って来て教えてくれたのですが、梨や葡萄の棚は作業がし易いように、その果樹園の主の背丈に合わせた高さで組んであるのだそうです。 若し跡継ぎさんの背丈が段違いだった場合は少しずつ調整していくのでしょうか? そこの所を質問してもらう前に卒業してしまいました…残念。 今度梨園近くを散歩する時に、作業の邪魔にならないように園主さんに伺えたらと思います。


【ニホンナシ(日本梨)】
 古く弥生時代には栽培され(日本書紀には693年栽培の奨励の記載あり)、野生のヤマナシから幾世代に渡り改良され、特に江戸時代に改良が盛んになる。(本来は五弁花ですが、当地の品種は写真のように八重咲き) 
 果皮の色により赤梨系(長十郎・幸水・豊水など)と青梨系(二十世紀・新世紀など)に分けられる。 丸型で追熟なしでも甘く生食できる。 普通は果皮などに含まれ細胞壁を強くする「石細胞」を果実の中にも持つ為、シャリシャリとした食感がある。

【チュウゴクナシ(中国梨)】
 丸型・ビン型(下ぶくれの洋梨型)もあるが、収穫してから一週間以上の追熟で日本梨のようなシャリ感のある甘さになる。 
 「梨花」は漢詩の題材として多用され、楊貴妃の姿の形容にも用いられている。

【セイヨウナシ(西洋梨】
 (下ぶくれの)ビン型。 収穫してから一週間以上の追熟で甘く滑らかな食感となる。
 キリスト教普及以前、ゲルマン人は「神聖な木」として崇拝していた。
タグ: セミ
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2013年03月26日

卒業

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 ケロの卒業式の朝、鎮守様の桜が青空に手を広げて笑っていました。 家で袴姿の着付けをし駅まで歩いて送っていった帰り道、これで私の子育てもめでたく卒業か…と、肩の荷が下りたようなぽかんと寂しいような気持が込み上げて前が霞んで見えました。 この道もあの道も二人手をつないで歩いた道です。 トウカエデの根元にタチツボスミレが咲いていました。
 
 
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 「かわいいね〜 きれいね〜」
 そういって、しゃがみこみ小さな手でお膝をつかみながら見ていた幼い姿が浮かびます。
 
 社会に出てどんなに仕事や人間関係に疲れていても、ふと足元の可愛い花や小鳥や季節の移ろいに心を留めて微笑むことができる人であって欲しいと願っています。 

 貴女も私も、卒業、おめでとう!
 

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2013年03月19日

初夏のような弥生の庭

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真っ白な暴風雪の北海道から戻ってきたら、まるで見るなの屋敷の「春の間」の戸を開けてしまったように、梅から雪割草から福寿草から…初春の花が見る見るうちに咲き出したかと思うと、あっという間に2月の庭から4月の庭の様相になっていました。 時期をずらして咲かせるつもりで植え込んだ球根も皆一斉に開いてしまいチューリップ花壇は何だか色合わせが不味い上に花弁がダラリと開いてしまいチューリップとは思えない姿でカワイクナイ…(写真、アップしていません^^;)
 
 ともあれ、毎日何かの花芽が膨らんで次々と咲いてくれるので見損なわないように見回るのが忙しい!! …などと言いつつ、ちょっとケロと旅に出てきます。 いない間に咲いて散ってしまう花が無いか心配…。 4月から社会人のケロ。 卒論が通った後は、ほとんど家にいないぐらい貯金を使い尽くして国内外へと出回っていましたが、平日に気ままな旅に出られるのもこれが最後かもしれません。 母子の旅、これからも行ってくれると嬉しいなぁ
タグ:私の庭
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2013年03月04日

暴風雪の北海道

 北海道は広く、暴風雪の余りにも痛ましい被害が報道される中、幸いにも私たちが滞在したサホロ周辺は強風による地吹雪はあったものの、帰りの飛行機が飛ぶ頃には夕焼けが山を照らし静けさが戻っていました。DVC00010.jpgDVC00009.jpg

 山の天気はあっという間に変転します。 ゴンドラに乗り込む頃は粉雪が舞う程だったものが、途中で強風が吹き出しゴンドラが揺れだしスピードダウン…いつ頂上駅に到着するとも分からぬ中、オーストラリア人のスキーインストラクターさんが教えて欲しいというので「上を向いて歩こう」を一緒に歌ったり、反対にオーストラリアの第2の国歌ともいわれる「ワルティング・マチルダ」を教えて戴いたりで過ごしながら、やっと上に着いたと思ったらなんとゴンドラの営業は終了。 下の方のリフトも殆ど止まってしまったとのこと。 

 ゲレンデに出れば目前は舞い上がる雪で真っ白で、もう3人前ほどまでの視界しかないものの未だ上下は分かるので完全なホワイトアウトには至らず、何とかゆっくり慎重に滑りながら降りてくることが出来ました。 途中何度か風で谷へ吹き飛ばされそうになったり、新雪に突っ込んでしまったり…スキークラスの皆さんと一緒で本当に助かりました。 自然の力は恐ろしく、生死を分ける決断は一瞬。 今日のこの命に感謝です。 
 
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2013年02月04日

春の声「至誠通神」

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クリスマス・ローズ・ニゲル(初雪おこし)の初蕾

 2月というのに桜が咲く頃の暖かさに包まれた日に、いつもいつも自分のことより周りの人のことを思いやって生きてきた若い友から、長年追い続けてきた夢の扉が遂に開いたという嬉しい便りが届きました。 その夢もまた「人の為にこの身を役立てたい」という稀有な優しい心根の持ち主ゆえに、今まで悩み苦しみ貴重な経験を積み重ねて来たのですけれど、それもこれも今となれば大きな宝となりきっと彼女を支えてくれることでしょう。

  「至誠通神」  おめでとう!! 

 
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2013年01月21日

とけぬ内にまた雪?

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一週間前に降り積もった雪が未だ真っ白に残るキャベツ畑ですが…よ〜く見ると何者かが突っついて食べた跡が見えませんか? 知恵がついて野菜の美味しさに目覚めた野鳥(主にヒヨドリ)が荒していくのです。 ブロッコリーや白菜もやられていました。 雪に覆われて他の餌が採りにくくなったからか一層酷い荒し様です。 八百屋さんの店頭に置かれたミカンには、スズメが餌に困ってつつきにやって来たそうです。 我が家の植木鉢のチーリップの球根も何者かが掘り起こしていきました。 チューリップはアマナの仲間ですから、甘くて美味しいのでしょう。 生きとし生けるもの生きる為に必死ですね。  

 明日もまた積雪1cmの予報です。 先週も大したことない予報が外れて東京にしては大雪でしたから油断なりません。 私も鳥等に負けぬよう、食料も貯え(身体にじゃなくて冷蔵庫にですよ)雪に備えました雪るんるん
タグ: ヒヨドリ
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2013年01月14日

真っ白な日

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 朝からの冬とは思えぬ雨音が次第にポタポタと重みを帯び、
 『ああ霙になってきのだ…』
と空を仰ぐと、霙は早くも牡丹雪の固まりとなり庭をまだらに染め出していた。
 『これは積る…』
慌ててベランダのサンダルやら如雨露やら、埋もれては困るものどもを引っ込めて部屋へ戻り、台所仕事をしつつ手をとめ耳を澄ますと、いつしか表の音は消え去りシンと静まっていた。 濡れた手を拭き、
 『この時の為の雪見障子!』
とばかりに障子をあげれば、そこはもうほっこりと雪国になっていた。 何も出かける予定の無い日、
 『さて、雪見酒といきますか』

 成人式に集う晴れ着姿の若人には気の毒な天候だったけれど、何年か経ち振り返ってみれば、きっと印象的で思い出に残る成人の日だったと思うのではないでしょうか。 華やかな盛り髪、花飾り、「花魁」という肩を出した着付けなど、今年もビックリの装いで個性を主張しているお嬢さん方がいる一方、お祖母様、お母様、ご本人と三代に渡った素晴らしい晴れ着を身に着け、すっきりと髪を結い上げたお嬢さんが却って一番目に留まり、初々しく好もしく思えました。 何を選ぶのも自分、真っ白な新しい門出に幸多かれ!
タグ:
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2013年01月07日

迎春 2103

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  せ里 な須奈 五行 者こへら ほとけの座
           寿ゝな 清ゝしろ これ曽七くさ


 新しい年も明け、早や七草となりました。 遅ればせながら、本年もよろしくお願い申し上げます。 気儘な更新に時たま波長がお合いになりましたなら、お気軽にお立ち寄りいただければ幸いでございます。

 年頭は鎮守社に初参りの後、常陸の海辺で数日を過ごし、東京に戻りましては隅田川の七福神めぐりに行って参りました。 厳しい寒さの続く中ぽかりと温かな日で、向島百花園の陽だまりに腰かけお弁当を戴くこともでき幸いでした。 高く聳えている筈のスカイツリーに左程の存在感は無く、土地神様がたの気が勝っていたようです。 お参りしお祀りすることで益々その気が高まり強まり、日本の国を民を守って戴けるよう祈念いたしました。
 
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2012年12月31日

銀の龍の背を…

 平成二十四年・壬辰歳も遂に大晦を迎えました。
去っていく龍の背を追いながら、いつの間にか大蛇のしっぽを捕まえて…新しく威勢の良い波に上手く乗っていけますようにぴかぴか(新しい)
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 「大きな尾びれで平成二十四年、さようなら〜」
         知床と国後の間の海で出会ったマッコウクジラ
        (一片の記事もあげられなかった北海道の旅より)

 今年も楽しい語らいのひと時をありがとうございました。
 あくる年の皆々様の幸多きこと心よりお祈り申し上げます。

                          山桜 拝


 年賀状、30日に投函致しました…(毎度遅くてお恥ずかしい)
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2012年12月12日

ラピスラズリ(瑠璃)の実

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先日書いた日記下のリストから何気なく【散歩道】カテゴリーの過去ログを辿っていたら、コメント欄にlapisさんの名前をみつけました。 美しいブログを綴られていた素晴らしい感性の方でした。 懐かしさにリンク先のlapisさんのブログ「カイエ」を訪ねてみると、残念なことに既に閉鎖されていました。 主亡き後も、私たちをlapisさんの審美眼で選ばれた美しい世界へ導いてくれていたのですが…。 

 lapisさんと私のご縁を結んでくれたのは、やはりこの丘陵の黄金色の山吹の花でした。 今はとりどりに色づいた実に飾られた野山です。 私の好きなラピスラズリ色の実をlapisさんに奉げます。

<写真上「ノササゲ」 中・下「ヤブミョウガ」 >
 
タグ:青い実
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2012年12月09日

初冬の散歩道

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 落葉松の黄葉モミジの紅葉も今は散り、漣に揺られ静かに水底へ沈んでいく時を待っている。 水面が風の通り道を教えてくれ、鴨たちはその風にハヤブサの影を感じ身を寄せる。 昼の温もりが連れ去られぬ内に家路を急ぐ私の背を、夕日が押し夕闇が追いかける。 辿り着いた玄関で振り仰ぐは、恐ろしい程の茜雲。 

 (最低気温、-2℃。 初冬から真冬?に突入の日に。)
 
タグ:私の散歩道
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2012年11月14日

お茶の花

 先日、「炉開き」という名の椿がお茶の花に似ていると書いたのですが、意外に目にはしていてもお茶の花と気付いてない方も多いようです。 茶畑では樹勢を保つために花を摘んでしまっても、こちらでは民家や畑の生垣などにも沢山のお茶の木が植えられており、そこではほのかな香りを放って咲き放題です。 福々しく実って三つに割れた莢から零れ落ちるお茶の実を集めて遊んだ記憶も懐かしいものです。

 「茶の花も口切ひらくつぼみ哉  回山」

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 (新茶を詰めておいた茶壺の)口切の茶事の頃にお茶の花の蕾もまた開き始めるという自然の妙。 その蕾のころんとぶら下がる可愛らしさは椿には無い素朴さです。 五弁ある花びらの2弁が小さくてどこか不完全な様子も侘びていて、流石はお茶の花…なのですけれど、茶花には用いられているのを見ないように思います。 

 山茶花が茶花として入れられないのは、名に「茶」の字が入っているので重複しないよう遠慮するのだとか、「さざんか」という語感が「さんざん」を連想して喜ばしくないのだとかうかがいます。 お茶の花もやはり(表流では)侘び寂びの心から重なりや尽くしを避ける傾向があるので、用いられないのでしょうか。 それとも、大切なお茶の木の枝を切るのは畏れ多いという気持ちからでしょうか。

 チャの学名は「Camellia sinensis(中国の椿)」ですし、「素椿」とでも名付けてそっと仲間に入れてやりたい気持ちです。 (「素」の漢字には、染められていない白絹、白いという意味もあります。)

 そういえば、近頃「お茶の花」に含まれる「フローラテア・サポニン(茶花サポニン)」にダイエット効果があることが認められ、有名メーカーからも清涼飲料やサプリとして製品化されています。 余り人に気付かれることなく楚々として咲き続けていた白い小さな花は、俄かに注目が集まって嬉しいような恥ずかしいような気持ちでますます俯いてしまうかもしれませんね。

 お茶の花の花言葉:「追憶」「純愛」 

タグ:茶花 椿
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2012年10月17日

桂花露香

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 「桂花は露も香(かん)ばし」

 桂は「香出ら」で、香りの良い木が語源と言われます。 
中国では「桂」の字は、日本でいう桂の木ではなく木犀、または肉桂(シナモン)のことを指しますが、露が降りる頃の桂といえば、やはりモクセイのことでしょう。

 こちらでは、例年より3週間程も遅れて、やっと15日頃に金木犀の花が咲き始め、17日の神嘗祭に懐かしい香りを添えてくれました。 最も「懐かしい」と感じる世代と「トイレの芳香剤」と感じる世代の間のギャップがあるようで、「くさ〜い」と言って鼻をつまむ小学生には何と言葉をかければ…気の毒としか言いようがありません。 

 以前も書きましたけれど(「モクセイ」のタグをクリックすると出てきます)、木犀にはよく知られている金木犀の他に銀木犀、薄黄木犀、柊木犀などの種類があります。 それぞれに微妙に香りが異なり、咲く時期も前後します。 雌雄異株で日本には鑑賞目的で導入されたので、花が沢山咲く雄木ばかりで実を見ることは殆どありませんが、薄黄木犀だけは小さなオリーブのような実をつけます。 初めて見た時は新発見かと興奮しましたが、注意深く観察すると、街路樹の中などでも結構実っているのをみつけることができます。

 こんなに愛らしい小星の手毬のような花と甘い香りという特徴があるのに、「木の犀」などという無粋な
文字が当てられているのは、樹肌が(サイ)の皮膚に似ているからだとか。 まぁ、確かにねぇ…。 犀ってそんなに身近な動物とは思えないですが、その角が漢方薬としては重要なので薬学の目利き=植物学者の着目に引っかかったのでしょうか。 
 
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2012年10月08日

百舌鳥鳴きて椿開く

 キィチィーキチキチキチキチ…
雨上がりの澄んだ青空を切り裂くように
屋根のてっぺんで百舌鳥が高らかに秋を告げ
秋一番の椿「炉開き」が初めての花をほころばせました。
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 お茶の花を淡い桃色に染めたような小さな愛らしい椿です。
慈しみ育てたお花を分けて下さり、ありがとうございました。
優しい笑顔を思い浮かべながら大切にいたしますね。
タグ:モズ 椿
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2012年10月05日

お彼岸過ぎの彼岸花

 今年はお彼岸の間に彼岸花が間に合いませんでした。 多少の前後はあったとしても、お彼岸中に彼岸花が咲かなかったのは、私の記憶の中では今年が初めてです。  その代り、お花の勢いがとても良いようで、出番を待って待って一気にポンポン!と弾けてしまったかのようです。

 試に同じ場所で撮影した3年前のヒガンバナと今年の花を比べてみました。

<2009年9月17日のヒガンバナ> 
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<2012年10月4日のヒガンバナ>
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 3年経って分球し花数も増えていますが、何よりやっと咲けた〜!という花の勢いを感じます。 09年よりも花茎が少し短いのは、花芽が顔を出してから開花までの日数が短かったからかもしれません。 お彼岸から1週間以上も過ぎてしまって、お花も早く早くと気が急いたのかもしれませんね。 
タグ:ヒガンバナ
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2012年09月24日

聖メヴラーナ「七つの教え」

 秋雨というには激しすぎる大雨が夏を追いやり、一気に肌寒い風を招き入れました。  私の夏休みも終わりです。 あちこちガタのきた身体に気合いを入れて、キャンプ・盆帰り・トルコ・北海道と暑い暑い夏の最中を出歩いて参りました。 ケロはその後、また沖縄にも行っています。 若いってスゴイことですね!

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 この夏のこと、何から書くかは決めていました。 いちばん心に残った言葉です。 トルコの旅でコンヤという町へ向かうバスの中で、トルコ人ガイドのイブラハムさんから美しい日本語で発せられた言葉が胸の奥に響きました。 バスの中では完全にメモは取れず、メヴラーナ博物館の前のトルコ語と英語の掲示を写してきたものを元にネットで検索して調べてみました。 実に様々な和訳があり、トルコ語も分からず、どれがメヴラーナの心を一番伝えているのか判断に困りましたが、やはり最初に耳にして感動した言葉を思い出しつつ自分なりに推敲してみました。 どれが正解ということではなく、一人一人の置かれた状況によって受け取り方が多少違っていてもそれはそれで良いのではないでしょうか。 必要な時に必要な言葉が心に映る…教えというのはそうしたものだと私は思います。

     
       聖メヴラーナ「7つの教え」
       Hz. Mevlana Yedi ogudu

1. 恵みや人助けは、流れる水の如く (気前よく絶え間なく)
   Comertlikte yardim etmede akar su gibi ol,
    (In generosity and helping others be like the river.)

2. 情け深さと親切は、太陽の如く (平等に暖かく)
   Sefkat ve merhamette gunes gibi ol,
 (In compassion and grace be like the sun.)

3. 人のあやまちは、夜の闇の如く (覆い隠せ)
   Baskalarinin kusurunu ortmede gece gibi ol,
   (In concealing others' faults be like the night.)

4. 怒りや苛立ちは、死の如く (葬り去れ)
   Hiddet ve asabiyette olu gibi ol,
   (In anger and fury be like the dead.)

5. 慎み深さと謙虚さは、大地の如く  (静かに動じず)
   Tevazu ve alcakgonullulukte toprak gibi ol,
   (In modesty and humility be like the earth.)
                      
6. 寛大さは海の如く (大らかに広く深く)
   Hosgorulukte deniz gibi ol,
  (In tolerance be like the sea.)

7. ありのままの己を見られよ、
   或いは、見られる通りの己であれ。(裏表なく)

   Ya oldugun gibi gorun, Ya gorundugun gibi ol !
   (Either exist as you are or be as you look.)

   *日本語の(  )内は、今の山桜の個人的解釈です。


来れ 来れ 何人であれ 再び来れ
不信者であろうと、拝火教徒であろうと、 他信徒であろうと、来れ
わが学びの場は絶望にあらず
たとえなんじが百度その誓いをやぶろうとも
来れ 再び来れ


*聖メヴラーナ(我が師の意)
 ムハメッド・ジャラールッディーン・ルーミー(1207-1273)
 独特の旋回舞踊セマーで知られるメヴラーナ教団の創始者・詩人・神学者。


 トルコでは「トルコ人と日本人は親戚」「お互い兄弟だから」などと嬉しい言葉を何度となく掛けられました。 トルコでは、日本とトルコの心の交流の歴史を学校で習うのだそうです。 観光地では英語よりも日本語が通じるほどで驚きました。(トルコ語と日本語は主語述語などの順序が同じなので、学びやすいのだそうです。 それにしても街中でも流暢な日本語を話す人が多いこと!) 勿論、商売上のお世辞やツールの部分もあるでしょうけれど、「七つの教え」を心を持とうとする人間性に、日本人と通じるものがあるように思えました。 近隣諸国とは同じ文化圏のようでいて考え方の違いを痛切に感じるこの頃ですが、遠く離れたこの国で「文化は違うけれど心が同じ」と固く握手され、嬉しくて胸が熱くなりました。 

写真右から メヴラーナ博物館  七つの教えの掲示  休息中の優しい瞳の紳士
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2012年08月19日

忍野から望む富士山

5月28日
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8月7日(下2枚)
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 5月末にはまだ真っ白な雪を頂いていた富士山も、8月初旬にはわずかな雪渓を残して赤い肌を見せていました。 赤く見えるのは噴出した溶岩の堆積です。 富士山が火山であることが身に沁みる夏です。 神々しくも美しい富士山の山肌にジグザグの道が刻まれているのが良く見えます。 急斜面を人が登るためには仕方がないことなのですが、やはり痛々しく見えます。
 
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夜になるとその道を登る人々の灯りが細い帯になって続くのが見えます。(写真では分かりにくくてすみません。)チラチラと点滅するのは人間の持つ灯り、動かないのは山小屋の灯りなのだそうです。 こちらから懐中電灯を揺らして合図を送ると、同じように返してくれる登山者がいます。 顔も知らない人と遠く離れて会話しているような不思議な感覚です。
タグ:富士山 忍野
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2012年08月15日

茶の湯関連の日記について

 
 昨日のお知らせにも書いたことですが、カテゴリー「茶の湯」で検索されていらした方に伝わっていないようですので、改めてこちらにお詫びを申し上げます。

 自分なりには、気を配っていた積りでしたが、やはり茶の湯関連で公に書くべきでないことを書いてしまいネット上でご指導を賜り、今も関連記事は概ね非公開になっております。 「茶の湯」や「表千家」で検索してお越しいただいた方々には、ご期待に添えませず大変申し訳ありません。

 拙い茶の湯の日誌を書いたことで素敵なお茶の先輩方とご縁を戴くことが出来ましたこと、本当に幸い甚でありました。 今も、こんな私をお見捨てにならず、もう少し閉じられた世界で交流を続けさせていただき有難いことです。 

 ただ、稽古日誌をきちんと「人に見せられるように」書かなくなってから、ちょっと覚えが悪くなったかも…どうも私は何でも書いて整理して覚えるタイプなのかもしれません。 いえいえその分、体を動かしてより稽古を積めば良いのですよね! 


 「出来ない理由を挙げるより出来る方法を考えたい。」

 「〜したい」だらけで、相も変わらず取り散らかしている私ですが、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。 

 山桜 拝


 
posted by 山桜 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 茶の湯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

1,000,000アクセス越えてました…\(◎o◎;)/!

 5月26日以来、アクセス集計をさぼってボンヤリしている内にも、有難いことに日々皆様からの200前後のアクセスを戴き、

     6月1日 185アクセス  累計   999,926

   かわいい6月2日 210アクセス 累計 1,000,136かわいい

 知らぬ間に、なんと累計100万アクセス越えを戴いておりました!

 7年前の2005年6月のブログ開設時には、こんな日を迎えることが出来るとは夢にも思っていませんでした。 あの頃の生気のない自分の顔を、忘れてはならぬの思いで、持ったばかりの携帯で撮った写真があります。 写真を見返すことはありませんが、心の中には鮮明に存在しており、常に今の私を見つめていてくれます。 自分の弱さに負けず、何とかこうして生きてこれて有難いことです。

 数年前には、十分気を配っていた積りでしたが、やはり茶の湯関連で公に書くべきでないことを書いてしまいご指導を賜り、今も関連記事は概ね非公開になっておりますが、拙い茶の湯の日誌を書いたことで素敵なお茶の先輩方とご縁を戴くことが出来ましたこと、幸い甚でありました。 ただ、稽古日誌をきちんと人に見せられるように書かなくなってちょっと覚えが悪くなったかも…どうも私は何でも書いて整理して覚えるタイプなのかもしれません。 いえいえその分、体を動かしてより稽古を積めば良いのですよね! 

 「出来ない理由を挙げるより出来る方法を考えたい。」

 「〜したい」だらけで、相も変わらず取り散らかしている私ですが、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。 


 
posted by 山桜 at 12:48| Comment(2) | TrackBack(0) | *お知らせ* | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

5年前のひと時のふれあい

 富士山麓ワイルド・キャンプから一同怪我もなく無事帰還しました。
 
 オリンピック応援も終盤に間に合い、なでしこの決勝、女子バレーの3決、ボクシング村田の金メダル、男子マラソン大健闘の6位入賞、レスリング米満の金メダルなど、蹴って打って殴って走って投げ飛ばして!…とまるで自分も一緒に戦ったような気持ちのいい充実感を味わいました。

 懸命に自分に打ち勝ち勝利に向かって挑む姿は素晴らしい…翻って自分の怠け心を反省し、放置中のブログ状況を把握しようと、アクセスを振り返っていた時です。 5年も前の「布の優しさhttp://yamasakuran.seesaa.net/article/54871616.html」という日記へのアクセスに目が留まりました。 「布のやさしさ?」もうタイトルだけでは何のことを書いたのか定かでなく、恐る恐る開いてみると「おむつたたみ」に関する拙ない日記に懐かしい方々のありがたいコメントが残っていました。 「オムツの話で睦みあうひと時」を思わず読み進むうち目頭がじわじわと…。 

 SNSが始まってから「足跡」や「コメント返し」など拘束感や義務感が増しネット交流から足が遠のいていた私には、ふと目に留まり共鳴した記事にコメントを書き残していってくださるような、気のむくままでいながら真心のある触れ合いのひと時がとても懐かしく温かいものに思えました。

 気楽なつぶやきツイッターで生の素早い反応を得るのもSNSでより濃い交流を図るのも世の流れかもしれませんが、私にはたとえ一方通行な発信であっても自由気ままなブログの世界が向いているようです。 こうして何年経っても、折に触れ心を潤してくださる皆様のコメントはわたくしにとって正に宝物です。 素晴らしいプレゼントの数々をありがとうございます。
posted by 山桜 at 18:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

ご神体に畏れを知らぬ登攀者

 折しも日本列島に大災害が渦巻き、何とか荒ぶる神々にお鎮まり戴こうと人々が真心を込めて祈りを捧げている最中、那智熊野大社のご神体である一の滝にカムを打ち土足で攀じ登って穢す者が現れた。 何と愚かしい所業であることか。

 ご神体を穢したのは、登山界のアカデミー賞とも評される「ピオレ・ドール(金のピッケル)賞」を日本人で初めて受賞した世界的クライマーの一人という。 それ程の人物が、大自然に対して己が力で挑戦してきた経験の中で、人智を超えた大自然の力への畏敬の心を育めなかったのだろうか? ご神域に近づく時、その畏れ多さに身が引き締まり、自然と頭を垂れ崇敬の心が湧き上がるような感覚を、持つことは出来なかったのだろうか?  人々が長い長い年月大切に守ってきた禁足を破ることに心の痛みを覚えなかったのだろうか?  彼には誰にも分かりやすいような天罰が下ることはないかもしれないが、神が彼を選んで与えた試練に立ち向かっていかねばならぬことだろう。

 神の力は人々の心映えによって良きにも悪しきにも傾くと私は思う。 人々の心が穢れ荒み、その澱みが溜まりに溜まればいつしか和魂を荒魂が凌駕する。 それは氏子の方々の日々の精進だけでは抑えきれぬ図りきれない大きなうねりとなり、自然の理によって力の噴出しやすい地域を襲う。 我々一人一人の穢れの積み重ねが遠き地の見ず知らずの多くの人々の命を奪うことになるやもしれぬのだ。 私たちの祖先は、生きている限り穢れは身に纏わりつき積もるものと知っていたが故に、祓い給え清め給えと祈り、心して清浄でありたいと努めてきたのだ。 現代、多くの日本人は、そのことを教えられず知らず過ごし、罪穢れを溜め込みすぎた。 今一度、清く正しく神に恥じない生き方というものを思い出したい。

 不慮の事故や災害により、この世の命が或る日突然の終焉を迎えてしまった方には、次の世での大切なお役目が近いのだと信じたい。 紙一重で生きながらえた方には、まだこの世で果たすべき役目があるのだろう。 どちらが幸せで不幸せかは分からない。 己次第でどちらにもなる可能性がある。 それぞれの世で生かされた命を精一杯生ききるだけだ
posted by 山桜 at 17:17| Comment(10) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

ワイルド・キャンプの実踏

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 またまた長いこと更新をさぼっていました。 毎年この時期は夏のキャンプに向けての活動が続き、余裕がなくなります。 五月の末にその夏の団キャンプの実地踏査で山梨県の忍野(おしの)村へ行って来ました。 昏々とわき出るたくさんの湧水群「忍野八海」で有名な地です。

 私がこちらでキャンプを張るのは2回目ですが、今回のキャンプ場は電気も水洗トイレも炊事場もなく、あるのは長く手を浸しておけないほど冷たい富士山の湧水を引いた水道だけ。 草刈もしていなければ、倒木もそのままの状態からテントを張る場所を自分たちで切り開かねばなりません。 なかなか「ワイルドだろう?」なのであります。 ポットン・トイレを初めて見る子の反応が楽しみ(不安?)です。 こういう環境を一度でも経験しておけば、災害時などに電気・水道・ガスなどがストップしても動じないでいられるでしょう。 正直、私もシンドイですけれど、これからの未来を担う子等の為に頑張りましょう!
posted by 山桜 at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 青少年活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

ボストン美術館「日本美術の至宝」

 金環食に日本中が沸き立った翌朝、上野の国立博物館・特別展「ボストン美術館・日本の至宝」へ、何かを清め流すように激しく降る雨を受けながら、行って参りました。 雨の日の平日にも関わらず結構な人出、里帰りした日本の至宝への歓迎の思いの強さでしょうか。 日本人が日本文化を愛する心の高まりが嬉しいです。

 何といっても、日本にあれば国宝級の至宝が明治維新や大震災や大恐慌の中、異国へ脱出し保存状態よく現在まで生き延び里帰りが叶ったのも、審美眼に優れたフェノロサやビゲローや岡倉天心のお蔭で、人がその生きた時代に成すべき使命・ご縁の連鎖=運命の奇跡を考えました。

 先ず、至宝の恩人、ビゲローの肖像(伝小林永濯筆)や岡倉覚三(天心)像(平櫛田中作)がお出迎え。
天心先生のお顔って、拝見するたびに誰かに似てる…と思うのですが、誰かがビシッと浮かんでこなくてモヤっとします。 今回、遊行七恵さんのブログで「現在のジュリー説」に、『確かに〜(笑)』とハタと膝を打ちましたが私の中の「あの人」ではないのです。 誰だったかな〜??

 パンフ掲載の注目作品が目白押しの中、一番最初に強く心に留まったのは、まるで昨日の「金環食」が仏の姿へと昇華・化身したかのような「一字金輪像」でした。 画像は「文化遺産オンライン」でみつけましたので、興味のある方は下のURLをクリックし、リンク先ページへ飛んでご覧ください。

【一字金輪像:鎌倉時代】「文化遺産オンライン」より
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=38241&imageNum=1
 光の中に浮かぶ透明感のある美しい仏様です。 日食というと、何か不吉な予兆のように感じられてぞわぞわしていた心が、この仏様の像を拝見できたことですうっと和らぎ救われました。 ぜひ、画像を大きくしてご覧ください。

普賢延命菩薩像.jpg
【普賢延命菩薩像:平安時代 12世紀中頃 】
 病を消し生命力を増すという菩薩さまへ…切なる祈りを込めて。
 三頭の象さんが片っ端から病根を引き抜いてくれそうな…。

【吉備大臣入唐(にっとう)絵巻:平安時代 12世紀後半】
http://www.boston-nippon.jp/highlight/02.html
(↑ 展覧会HPのこのページで、柱の陰からこそこそ覗き見やら、お空をひとっ飛びやらのオモシロシーンを垣間見られます。 本当に日本人ってオモシロ好き・笑い好きですよね〜♪)

 遣唐使・吉備真備が入唐直後に幽閉された楼閣で、以前唐で客死し今は幽鬼となった阿倍仲麻呂に会い、その霊力の助けを得て、唐人の出す難問に立ち向かっていくという物語絵巻。 大河ドラマ「平清盛」で活躍中、山桜贔屓の松田翔太さん演ずる後白河法皇が制作させた絵巻コレクションの一つだそうです。 
<若狭国松永庄(現在の福井県小浜市)の新八幡宮⇒酒井家に伝来⇒大正12年(1923)売りに出されるが、大震災や大恐慌で9年間買い手つかず⇒昭和7年(1932)ボストン美術館所蔵>
 
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【絵巻平治物語・三条殿夜討巻:鎌倉時代 13世紀後半】
 こちらはその後白河法皇が絡んだ「保元の乱」の三年後、源平争乱の幕開けとなった「平治の乱(1159)」での藤原信頼・源義朝軍による後白河法皇拉致と三条殿焼打の様子。 その約100年後の制作でもとは15巻近い大作が、現在は3巻と切断された色紙状態の数葉のみ現存。 
<三河国西端(しばた 現在の愛知県碧南市)の本多家に伝来?⇒美術市場に放出⇒フェノロサの手を経てボストン美術館の所蔵>

 武士の雄叫び、刀と刀のぶつかり、馬の嘶き、炎のメラメラまで聞こえてくるような活写絵巻です。 吉備真備の絵巻のような妄想力満載ものとは違い、とても想像では描けそうにありません。 

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【屏風松島図:尾形光琳 江戸時代 18世紀後半】
 静謐に浮かぶ松島の島々と逆巻く荒波。 光琳らしく図案化された中にもなお生き生きとした躍動感があります。 津波もこのように絵の中に封じ込められたら、少しは大人しくしていてくれるでしょうか。 

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【鸚鵡図:伊藤若冲 江戸時代 18世紀後半】
 はっきりとした色合いや精緻に描き込まれた若冲の絵は苦手だけれど、この初期の作品は絞り込まれた構図で、鮮やかな止まり木?に真っ白な鸚鵡が清楚に浮かび上がり、撫で撫でしてヒマワリの種でもやりたくなる愛らしさです。 

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【虎渓三笑図屏風:曽我蕭白 18世紀後半】
 廬山に隠棲した東晋の僧・慧遠(えおん)を尋ねた陶淵明と陸修静。 三人で話に夢中になっているうちに、慧遠が渡らぬと決めていた俗世への架け橋をうっかり越えてしまったことに気付いて大笑している場面だそうで、見ているこちらまで思わず噴出してワハハな気持ちになってしまいます(笑)

雲竜図.jpg
【雲竜図(襖絵):曽我蕭白 18世紀後半】
 襖から剥がされた状態でボストン美術館に渡り、このたび修復され公開が叶った作品。 本来は頭と尾の間に胴体部分があったらしい。 それが欠けた為に却って迫力が増しているように思えるのはミロのヴィーナス的効果でしょうか。 蕭白の描くものには、それぞれの個性や思いが表情として良く表されているようで、この龍もどこか自分の持つ破壊的な力を持て余し困惑しているようにも見えました。 

小袖白綸子地松葉梅唐草竹輪模様.jpg
【模様小袖白綸子地松葉梅唐草竹輪:江戸時代 18世紀】
 他の作品にも言えますが、恐らくボストンに渡らないでいたら、このような美しさでは現存していなかったことでしょう。 日本の美を愛し完璧に保存していてくれた彼の国の人々に感謝です。 

posted by 山桜 at 12:27| Comment(11) | TrackBack(0) | 美術・書画・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

同じ空を見上げて「金環食」

 薄曇りという絶妙の天候で姿を現した「金環食」、日本中の人が笑顔で空を見上げ、感嘆の声をあげてる光景も何だか素敵でした。 皆に幸運をもたらす金の環でありますように!  既にこのひと時を共有できたことが、私にはとても幸せでしたので、見られなかった方々にお裾分けしますね。

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 7:30 Tokyo

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7:32 Tokyo

 写真も薄雲がいい感じのフィルターになって上手く撮ることができました♪
タグ:金環食 太陽
posted by 山桜 at 08:32| Comment(12) | TrackBack(0) | 自然現象・天文等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

「テンペスト」より「尊尊加那志」など

 BS時代劇の枠で放送され、毎回琉球文化の美しさにワクワクしていた「テンペスト」が地上波で再放送されているのを知り、書きかけになっていたこの稿を思い出し加筆更新しました。

 「ガナシ」という言葉は、最初に「首里天ガナシ」や「聞得大君ガナシ」と聞いた時、琉球での「陛下」のような尊称であろうと思いつつ、そこにどんな意味があるのかは見当もつきませんでした。 番組関連のどこかに解説があったのかもしれませんが、見逃したのか気づきませんでした。 他にも耳慣れない言葉は幾つもあって依然モヤモヤしていますが、何はともあれ、先ず気になった「ガナシ」を調べてみました。

 「ガナシ」(正しくは「ガナシー?」)のもとには、「尊尊加那志(とーとー我なし)」という言葉があり、その意味は、「尊い尊い我のない人。」と読めます。

 無私の人。 自己愛ではなく、自他愛の人。 という意味でしょうか?
日本の天皇皇后両陛下のお姿が心に浮かび重なります。
  
 沖縄の人なら、その正しいニュアンスがお分かりなのでしょうね。 
どなたか分かりやすく教えてくださると幸いです。
 

 そうそう、もう一つ「テンペスト」で心に引っかかっていた言葉、

 「カーリーデービル!」

発せられたシーンから類推するに「バンザイ!」的な意味とは思っていたのですが…

 これも調べてみると、

 「嘉例でーびる!」 で 「嘉例でござる!」の意味のよう。

琉球・沖縄の言葉と日本語は、よく聞いてみると語源は同じのようで転訛の仕方が面白いですね。
「サーターアンダギー」が「砂糖・揚げたもん」と知った時から、まるで呪文が解けるように少しずつ合点がいきだし、沖縄をずっと近く感じられるようになりました。
posted by 山桜 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

庭に高級きのこ!

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アミガサタケ(編笠茸) 英名:モレル 仏名:モリーユ アミガサタケ科
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半分に割ってみたら、中は空洞でした。

何年前かの奥多摩キャンプでみかけた、フランス料理の高級食材「アミガサタケ」が庭の通路の片隅にひょっこり顔を出していてビックリ!  日本では、やはりこのちょっと不気味な風体が敬遠されるのか、食用として注目されませんね。 私も食べてみる勇気は出ませんでした。 (ひらりんなら食べちゃうんだろうなぁ…尊敬) あちらでは、干したものを戻して用いることが多いようですが、なるほどこのまま放っておいたら、一週間ほど腐りもせず段々と干からびていきました。 また生えてきたら、次はちょっと考えてみようかな…食べること。
posted by 山桜 at 19:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 自然観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

大洗磯前神社(再訪)

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   大洗磯前神社本殿と八重桜(関山?)

 何かと嬉しいご縁がある大洗磯前(いそざき)神社へこの春も参りました。

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  長い釣り糸(竿?)を垂らすウラシマソウ

 東斜面のウラシマソウも健在でした。 写真を撮っていたらお掃除中の方が『ここに何十年も住んでいて初めて見た』と仰っていました。 地味な花(苞)ですし、なかなか目に留まらないかもしれませんね。 テンナンショウの仲間好きも少なくはないのですが(笑)

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 今まで素通りしていた南からの参道で「茶釜稲荷神社」の鳥居が目に留まり、「茶釜」の名に釣られてお参りしていると、ちょうど参道を掃き清められてきた神職の方とお話しすることができました。 「茶釜」の名の由来は、昔近くにあって転居された旅館の経営者さんの屋号が「茶釜」といい、そのお宅に祭られていたお稲荷さんなので「茶釜稲荷」、 転居の際こちらの境内に祭祀を委ねられたとのこと。 なぜ屋号が「茶釜」だったのかは分からないそうですが、きっと茶の湯に関係の深いお家だったのでは…と想像を膨らませています。 春から茶釜に誘われたのは、益々茶の湯の道に精進せよとのことでしょうか??

 (参道の写真はお参りした帰りに最初の鳥居に向かって戻る途中で、神職さんのお写真はかなり離れてから振り返りそっとズームで失礼しました。)

タグ:神社 大洗
posted by 山桜 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 神社・仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする